ここに連れて来られてから、楽しい事なんて一度もなかった
色も何もない世界で、一日中変化のない風景を眺めるだけ
好きでもない男に、寵愛されて。そのせいでいらない嫉妬まで買ってしまった私を
誰も助けてはくれなかったし、助けに来てくれる人もいなかった

最初は、毎日泣いていた

元の世界に帰りたいと。こんな場所にはいたくないと
だけど、そんな事をしていても彼が私の願いを聞き入れる事もなく
次第に泣く事を無駄だと悟った私は、全てを諦めた

昔は、永遠なんてないと思っていた
でも、ここには確かに永遠は存在している
それも酷く苦痛な永遠が

なくなった時間の感覚。朽ちていかない私の体
何も変わらない日々の中、見つけたのが彼だった





「バージル」


返事はしないけれど、拒否もしない彼を見て私は今日も笑う

もう何度ここを訪れたのか覚えていない
この世界に、少なくとも私には時間の感覚と言うものを与えられていないから

足や衣服が汚れるのも構わずに、私はバージルの隣に座る
それから、持ってきた綺麗なタオルで汚れてしまった彼の顔を拭いた
拭く度に彼は怪訝そうな顔をするけれど、せっかくの整った顔だから、といつも言い聞かせている

薄暗い牢屋の中だから、たとえば傷の手当をしたりこうして体を綺麗にしてあげても
そこまで彼に気をかけていない魔帝は、私がこうしている事に気づきもしない
彼の着ている衣服までは変えられないから、日々破れていくそれだけはどうしようもないけれど

相変わらず、鎖に手足を拘束されたままのバージル
どうやらその鎖は、私が思っていたよりも長かったようで
横で腰かける彼は、ただ私がべらべらと喋り続ける話に耳を傾けている

一度「私って迷惑?」と彼に聞いた事がある
その時バージルは「迷惑だったら、追い返しているだろう」と少しだけ笑った

それから「は、俺の弟に似ている」と漏らした
よく喋るところや、表情を変えるところが似ている、と
「弟のこと、好きなんだね」と言うと「その反対だ」と言ったけれど
彼が弟のことを話す時の表情は、どこか優しい雰囲気を醸し出していた





不意に、珍しく彼が声をあげる

いつもだったら、私が一通り話をしてここを出て行くのに
「なに?」とバージルを見れば、何も変わらない真面目そうな彼がいた


「お前は、どうしたいんだ?」

「え?」


初めて会った時と、同じように彼は聞く


「どうしたいって……何を?」

「俺はいつか、魔帝を倒しここを脱出する」


その言葉に私は今この時が永遠じゃない事に、初めて気がついたのかもしれない

永遠なんて言葉、なくなればいいとずっと思っていたのに
今の私はその永遠を、どこかで望んでいたなんて


「その時は、この世界も崩れるだろう」

「……私、は」

「お前はここに残るのか?」


バージルは確かに、この世界を壊すくらいの力は持っているだろう
だけれども今の状況の彼にそれが出来るのか? と問われると
いくら弱い私でも、首を捻ってしまう
だけどそれでも、彼の碧い瞳には確かにその炎が宿っている


「お前は、ここに残りたいのか?」


もう一度、バージルが問う
答えなんて決まっているのに、うまくそれが言葉になって出てきてくれないのは
どうしてなんだろう


「私は……」


目の前の碧い男を見る
初めて見た時に思った「欲しい」と言う感情は、今も私の体の中で燻り続けている

なぜ、欲しいと思うのか
なぜ、素直に欲しいと言えないのか


「……怖いよ」

「何?」

「全てをバージルに伝えて、拒否されたら怖い。魔帝から逃げようとして、うまくいかなかった時を思うと、怖い」

「……


溢れ出す涙がまるで、隠していた感情のようだった
グシャグシャに顔を歪めて私は嗚咽を漏らす

惹かれていたのは、私だけだと思っていたから

口づけられて、押し倒された私が見たのは
初めて目の当たりにした、バージルの苦悶の表情だった





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