ブルリと震えた事で、私は目を覚ました
いつもの事ながら、そこに魔帝の姿はもうない
あるのは相変わらず無残に引き裂かれたままの服と、新しい、そして今度引き裂かれる運命にある服
新しい服を手に取り、早急に着替えを済ます

窓から見える空は、何の面白みもない変わらない曇天のまま
遠くから不気味な叫び声だけが、木霊している

扉を開き、廊下に誰もいない事を確かめそっと足を出した
向かう場所は、決まっている。彼のいるあの牢屋だ


「こんにちは、バージル」


噂で聞いた事は本当のようで
見た目は整った人間だけれども、彼はあのスパーダの血を引く息子だと言う噂
その証拠に、昨日見た傷の中のいくつかは、もう治っていた
もっとも、あの魔帝なのだから早々治るような傷ばかりをこさえている筈もなく
昨日の惨状よりかは、幾分かマシになった程度で
きっと今日この後にまた、新しい傷が増えるんだろう

そう思ったら、今までどこか諦めていた魔帝への反逆心が
ほんの少しだけ、首を擡げてきたような気がした


「お前は……」

「せっかくって名前を教えたんだから、呼んでくれてもいいと思うんだけど?」


私の言葉に、バージルは目を背ける
どうやら彼は、そうとうプライドの高い紳士のようだ

昨日と同じ場所にかけてある、牢屋の鍵を取り錠を開ける
何の躊躇いもなく私は彼の傍に腰を下ろした
ギョッとした表情で、バージルは私を見下ろしている


「一体、お前は何なんだ……」

「昨日説明したでしょ? 私は魔帝に寵愛され」

「そう言う意味じゃない」


苦虫を噛むどころか、何杯も飲まされたような表情でバージルは声を絞った


「俺をここから出すわけでもなければ、アイツらのように何かをするわけでもない」

「……そうだね」

「ならば、お前……の目的は一体何だ?」


言われて、私は思う
私には彼をここから出してあげる程の力もなければ、彼を傷つけたいわけでもない
ただ、初めて見たあの日からずっと欲しいとは思っているけれど

おもちゃや、人形とは違うのだから
私が魔帝に「バージルが欲しい」と言ったところで、そう易々と渡してくれる筈がない
だって彼は反逆者だから

なら、どうして


「……それでも、欲しいから」

「何?」

「たとえ手に入らないって分かっていても、私はバージルが欲しい」


私はこんなに我侭だっただろうか
いや、元の場所にいた時はこんな人間ではなかった筈
ここに連れ去られてから、魔帝の側にいるようになってからは
私も彼の独裁者ぶりに、侵されているようで

もしくは


「欲しいし、もっとバージルを知りたい」

「俺のことを知ってどうする」

「……分からない」


そして口を閉じてしまった私に、バージルはもう何も言わなかった
時々、彼が動くと鎖が奏でる金属音と、水滴の落ちる音以外は何も聞こえなくて
まるで、世界からこの場所だけが切り取られたような錯覚


「不思議な女だ、は」

「え?」


小さく笑う声と、横目に入った彼の小さな微笑
ちゃんと彼の顔を見た時には、そのふたつとも姿を消していたけれど
確かに私の脳裏にはその映像が、何度もリフレインする





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