彼の名前を手に入れる、と言う目的を果たした私はその場を後にする
魔帝がこの場所に訪れるのは、日に二、三度
それ以外の時間は基本的に誰も、ここには寄りつかないから
いつだって彼に会う事が、私にはできる

自分に与えられた部屋に戻り、時計を見る
針はもう少しで、瞼を下ろす時間を刺そうとしていた
慌てて、備えつけられている浴室に行き、汚れた足をタオルで拭き取った

そうこうしている間に、部屋の扉が開く音が耳に届いた


、何をしている?」

「……体を拭いていただけ」


嫌味なくらい真っ白な布を纏った魔帝ムンドゥスは、扉に凭れながら私を眺めている
一度だけ視線を合わせて、タオルを籠の中に放り込んだ

彼が私を連れ去った時は、こんなに綺麗な格好はしていなくて
正に恐怖の象徴だった
だけど、目の前にいる彼は人間である私と同じの形をしている

肩まで伸ばされている、緩くウェーブのかかった白い髪
体格のいい体は、今まで何度も嫌という程見てきた
やけに男味のある顔つき。いわゆる、美形の部類に入る彼の顔
しょせん作り物、紛い物だという事は熟知している


「来い」


彼は当たり前のように私の腕を引っ張り、寝台へと運ぶ
それが、ここに連れ去られてきてから、ずっと続けられている儀式

なんて事はない、私が裸になって彼の側で寝るだけ

私は、どこにだっている平凡な人間だった
それを何をどう間違ったのか、この魔帝に気に入られたが最後
生贄として、私は彼に攫われたのだ

寝台に腰を下ろした魔帝は、立ったままの私を見上げている
それを無表情で見下ろす。それもいつもの事
彼は私は屈ませ、唇を舐めた
そしてそのまま、私の着ている服を切り裂いてしまう

反転させられ、寝台に押し倒される
頬から、だんだん下へと滑り落ちていくのは彼の舌
一度も私を抱く事がない魔帝は、毎晩こうして私を味わう
犯すわけでも、さっきの服のように無残に切り裂くわけでもない
本当に「味わう」だけ

それを私は、いつも天井から見下ろしている
ゆっくりと動く彼の体と、天井にいる私を見つめている何も感じていないような、もう一人の私を

だけど、今日はどうしてもそれがうまく出来なくて


『……バージルだ』


あの人の、バージルの声が何度も頭の中で再生される
鼓膜にこびりついてしまったみたいに

振り払いたくても、それが出来ないのはこの行為のせいだと、どこかで言い訳をしている自分がいて
そもそもどうして言い訳をする必要があるのかさえ、私は気づけないでいる

ちゅ、と軽く音を立てて魔帝は足の甲に口付けた
これが儀式終了の合図
そうして彼は、私を腕の中に抱いて短い惰眠を貪る

寝息は聞こえてこない
聞こえ続けるのは、自分の名前を名乗る彼の声


「……バージル」


背中に感じているのは、違う男の体温なのに
それでも確かにその時私は
一度も触れた事のない男の体温を、思い浮かべていたんだ





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