私が初めて見た彼は、意識がなかった
生死の境を彷徨っていて、そのまま魔帝に幽閉されてしまった彼
私もまた、魔帝に気に入られてしまって、その身を枷で繋がれている身分なのだけれども

銀色の硬そうな髪。本当に血が通っているのか疑いたくなる程、白い肌
薄っすらと開いていた瞼の下には、冷たい蒼を思わせるガラス玉があった


一瞬で、欲しいと思った


だけれども、その願いが叶う訳もなく
私のいる場所とは別の所で彼は捕えられ、そして日夜―この世界に朝なんてないけれど―
彼は拷問にも似た屈辱、それとも屈辱に似た拷問なのだろうか
とにかく、たくさんの責め苦を魔帝は彼に与えた

窓が震えるほどの、唸り声
それはきっと彼の物。知っていても助けられない私は弱い


あんなにも、綺麗なものを見るのは初めてだった

私のいる世界に、あんなにも綺麗なものはなかったし、無論今いるこの場所にも彼のような人はいなかった
だからこそ、私は彼に一目で惹かれたんだ

惹かれて、欲しいと思わされたその感情は
次第にひどく滑稽な感情へと、変わっていった


そっと、扉の前に立ち耳をそばだてる
彼の唸り声が止み、魔帝が私の部屋の前を通過するのを確認した扉を開ける
そこから顔だけを出して、辺りを窺えば
廊下の曲がり角を曲がっていく、魔帝おつきの悪魔の尻尾が見えた

そっと、石の通路に剥き出しの足を乗せる
ひんやりと体に伝わる冷たさは、私の背筋を粟立たせた
彼らが歩いて行った方向とは真逆に進む

何度も頭の中で描いた通路は、当たり前のようにそこにあった
無駄に派手で、豪華に装飾された大きな両開きの扉
そっと、両手を添えてゆっくりと前に押し込む
いとも容易く開くその扉を、小さく開けて隙間から中へと侵入した

一見すれば、そこは客間
だけれども、ずいぶん前に見つけた隠し扉の後ろは
石と泥だけで形成された、秘密の牢屋だという事はとうの昔に知っている
まさか、自らここに赴く事があるとは思いもしなかったけれど

石造りの通路は漏れた水で濡れていた
裸足のままの私の足は、泥で汚れていく
それすらも気にしないで、どんどん奥へと進んでいって


「……いた」


通路の行き止まり、一番奥の場所に彼はいた
鉄格子越しに見る彼は、やっぱり意識がない状態で
着ていた貴族のような服もボロボロに裂かれていて、そこから白い肌と赤い血液が見え隠れしている
膝をついた状態で、全ての首には鎖が繋がれていた


「……ねえ」


声をかけても、反応はない
私は周りを見渡す。お目当ての物はすぐに見つかった

鉄格子の鍵を開けて、一歩中へと足を踏み入れる
刹那、ゾワリと背中を何かが走った


「……誰、だ」


顔を上げて、私を睨みつける彼
息も絶え絶えで、それでもその瞳に宿っている碧い炎は確かに燃え滾っている


「あなたと同じ存在。最も、私は寵愛されている立場だけど……」

「な、に……?」

「名前は?」


同じ目線になるようにしゃがみこんで問う
睨んでいた彼の目線が、少しだけ和らいだのを感じた


「お前に……教えるような、名前は」

「お願い、教えて? 私、あなたの名前が知りたい」


苦悶の表情のまま、彼は一度口を閉じた
それからほんの少し、その薄い唇を開けて呟く


「……バージルだ」

「ばーじる……バージル?」

「ああ」

「私は、


反復した名前の後に、水滴が落ちた





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