某国、夕時。とある傭兵が帰路を、バイクで飛ばしていた
寂れたトタン小屋や柄の悪そうな店が軒並みを連ねている
変わり映えのしない、いつもの道の筈だった
彼は、自宅にしているアパートメントに何もない事を思い出し、通りがかったディスカウントショップでバイクを止めた

店の前でバイクから下り、店内に入ろうとした時
ふと、裏路地から声がした


「……やめてください」

「ツレない事言うなよ。なあに、とって喰おうって訳じゃねえんだ」


明らかなゴロツキの声と、絡まれている割にはハッキリとした、芯の通る声
いつもの彼−ジェイク−なら、面道事に巻き込まれる事を嫌い、見る由もなかっただろう
しかし、その時はたまたま機嫌がよかった事と、やたらと響く女の声が気になり、裏路地の様子を窺った

裏路地にはガタイのいい男が二人。その男の足の間に、女だと分かる足
ジェイクにはその男達が単なる見かけ倒しなのが、すぐに分かる
それよりも、もっと気に掛かる事があった
それは絡まれている女の雰囲気だった
男達は気がついていなかったが、明らかに女は戦闘態勢に入っていた
しかも、下手をすれば男達を殺しかねない殺気を漂わせている


「おい」


気がつけば、ジェイクは男達に声を掛けていた
女を助けようとした、というより、これから死ぬかもしれない男達を気遣った、という方が正しい
そんな事も知らずに声を掛けられた側は、ジェイクに睨みをきかせながら振り返る


「なんだよ」

「その辺にしときな、怪我するぜ」

「はっ、何言ってやがる」


二人がジェイクの方に向き直り、バタフライナイフを取り出す
やれやれ、と肩を竦めるジェイクの目に、初めて女の姿が映った
一見するだけでは分からない、ほとんど普通の女だった
突然現れたジェイクに、まっすぐと視線を投げている。その目は強く彼を射抜き、一瞬怯ませた
その怯みがナイフによるものだと勘違いした男達は、悪態を吐きながら、ジェイクに近づく

男達がナイフを振りかざすよりも早く、ジェイクの拳が一人目の男の鳩尾に食い込んだ
それに気を取られたもう一人にも、ネリチャギを決めると、二人とも気を失った

「大した事ねえ奴ら」

はっ、と鼻で笑い、女の方を見る
先程まで漂わせていた殺気は形を潜め、戦闘態勢も解かれていた
そうしていると本当に、どこにでもいるような女だとジェイクは思った
けれども、彼をまっすぐと見つめる目に、ジェイクは吸い込まれそうだと感じた


「おいあんた、こんな所に何しに来たんだが知らねえが、ちっと不用心過ぎじゃねえか?」


彼がそう言うのも無理はない
この国は絶えず紛争が続いていて、観光客など来ない
そんな所に、一見すればただの女が一人でいるのは、場違いなのだ


「あー……そうだね、助けてくれてありがとう」

「おう」


ジェイクは、特に深く詮索するつもりはなかった
確かに気にはなるが、自分が関わったところで、何かが変わる訳でもないだろう、と
「早いところお家に帰るんだな」と言い、彼女に背を向けた


「待って!」


去ろうとしたジェイクの腕を、彼女の手の平が掴んだ


「なんだよ」

「あの、私……行く所がなくて」

「それがなんだよ」

「お礼もしたいから、よかったらあなたの家に連れて行ってくれない?」


食事でも作らせて。そう言う女はジェイクの腕を離す気はなかった
面倒な事になりやがった。頭の中でそう思ったが、一度抱えてしまった物事を放り投げられる程、ジェイクは非道になりきれなかった






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