ふたりはジェイクのアパートメントに戻ってきていた
彼の傷を、が手当てした
それが終わると、沈黙が場を支配する
先に口を開いたのは、ジェイクだった


「とりあえず最後まで話は聞いてやるよ」


素直に聞かせてくれなんて、言える筈もなくて
それでもは、涙を堪えて「ありがとう」と笑った


「……私は、ウィルスの被験者だった」


幼い頃から施設で育ち、毎日を実験される事で過ごしていた
親、友と呼べる存在もおらず、無味な日々だった
思春期を迎えた時、現れたのがアルバート・ウェスカーだった


「彼は最初、どんなウィルスも無効にする私に興味が湧いたみたいだった。それでも、私は嬉しかった。それまで、私に優しくしてくれる人はいなかったから」


自嘲するような笑みを浮かべて、は過去に想いを馳せているようだった

始めは、話し相手をしてくれるだけだった。それが次第に知識を与えるようになっていって
もともとの素養がよかったのか、は飲み込みが早くそれを応用する力もあった
それに気をよくしたウェスカーは、だんだんとという人間に目を向けるようになっていく
俗世の事を知らない彼女は、とても無垢で素直で従順で
ウェスカーは、それを自分の色に染めていく事の喜びを覚えた
それが次第に興味心から情に変わるには、そう時間はかからなかった

幸せな日々だった
愛し愛され、尊い存在がもたらす毎日の意義
自由ではなかったけれど、それでもよかった

もし、彼がその日々にだけ意味を見出していたら、彼女と永遠に離れ離れになる事もなかったのかもしれない


「彼を失って、どうやって生きていけばいいか、分かんなくなっちゃって……」


あんなにも輝いていたものが、色すら失い鉛のようになってしまった
止まらない涙、いくら胸を掻き毟っても癒える事のない喪失感、ジリジリと身を焦がす痛み
そんな中でが見つけたもの


「それがジェイク、あなただった」


彼がこの世に残したもの
たとえそれが自分以外の人との間の子どもでも、いとおしいと思った

駆使できるものを全て使い、情報を集めた
そしてすぐに、彼のもとへと飛び立った

一目見られればいい。それを糧に生きていこうと思っていた
けれども、予想外に面影はジェイクの中に息づいていて
どうしても、離れたくなくなってしまった


「最低だよね、本当に……ごめんなさい」


ジェイクと過ごしていくうちに、彼にあまり似ていないのだと分かる
それは食べ物の好みだったり、ふとした時の仕草だったり、些細なもので
は次第に、ウェスカーの息子であるジェイク、ではなく
ひとりの男として、彼を見るようになっていく

ステーキはレアが好きな事。朝が弱くて、つい二度寝してしまう事
褒めると照れてぶっきら棒になるところ。本当は、寂しがり屋なところ
ひとつひとつがキラキラと煌めき、胸の中にすとんと納まった
そうして、それらがとてもいとおしくなって
気がつけば、彼自身を愛していた

ジェイクの中に彼の面影を見る事もなくなって
偶然にも、彼もまた彼女を愛するようになった
想いが通じ合う喜びを、奇跡だと思った


「きっかけは、彼の息子だってことだったけど、今は違う。ジェイクだから好きなの……愛してるの」


堰を切ったようにの瞳から涙が溢れ出す
体を震わせ、抑え切れなかった声が漏れて
堪らなくなったジェイクは、乱暴にの肩を掴み引き寄せた


「じぇ、いく……?」

「すっげーショックだったんだからな。変な奴にお前のこと聞かされて」

「ご、ごめん……」

「大体父親の女って……いや、なんでもねえ」


己の肩に縋って涙を零し続ける彼女を、ジェイクはやはり愛しているのだと実感した

まっすぐに自分へと向けられるやさしさや、あたたかさ
隣に立ってふたりで、生きていきたいと思わせてくれた事
それらに父親なんて関係なくて、それは彼女の持っているものだから
過去の彼女じゃなくて、今の彼女を愛したのだと


「……悪かったな、顔も見たくねえとか言っちまって」

「え……?」

「あれ全部ウソだから、気にすんな」

「許してくれるの? 酷い事したのに」

「許すも何も、それひっくるめてだろ?」


過去も、今も、未来も。彼女を形作る全てがいとおしい


幼子のように泣いてしまったを、ただあやすように背を撫で続けるジェイクがそこにはいた






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