昼、束の間の休息の時間、に持たされた弁当を平らげたジェイクは空を仰いでいた
全てが順風満帆で、満ち足りている
知らぬうちに破顔してしまうのを、もう止められなかった

それを遮るように、近づいてくる足音がひとつ
そちらに視線をやれば、ジェイクが見た事のない男がいた


「ジェイク・ミューラーだな?」

「だったらなんだよ」


殺気は感じないが、いい雰囲気をまとっているわけでもない
警戒をしながらジェイクは体を起こした


、という女を知っているか」


その名前に、彼の脳裏に笑う彼女が映った
心臓がやけにうるさくて、思わず胸元を掴む
それを肯定ととった男はそんなジェイクを気遣うでもなく、言葉を続けた


「我々は、あの女がお前に近づいた目的を知りたい」

「はあ?」

「……何も知らないのか」


一瞬、憐れむような表情を浮かべるも、それはすぐに無に戻る


「彼女は、アルバート・ウェスカー……お前の父親の女だった」


男の言った言葉を理解できなくて、ふたりの間には沈黙が流れた
あの実験施設で聞いた、自分の父親の名前
世界を滅ぼそうとして散っていった、自分と母親を捨てた男

その男と、が?
繋がる糸なんて見当たらなくて、嘘だ、と頭の中で木霊する


本当はひとりだけいたの

すごく大切な人だった。その人も私を大切にしてくれた

幸せだった、ずっとその人と暮らしていくんだろうって思ってた

でも、いなくなっちゃった。私を置いて、遠い所にいっちゃった……


残酷に響くのは、が話した「家族」の話
否定したくて、でも心のどこかで、カチリとパズルのピースがはまる音がする

目の前の男が、何かを話しているが、ジェイクの耳には入らない
ただぐるぐると、の笑う顔と母親の顔、そして一度も会った事のない父親の顔が、頭の中で回っていた


気づけば、バイクに跨りアパートメントを目指していた



部屋の中に、はまだいなかった
ベッドの横にある、彼女の鞄を躊躇ってから開ける
数枚の衣服に、手帳があった

心のどこかで、否定材料を探していた
あの男の言う事は全て嘘で、自分とを陥れようとしているのだと
そう信じさせてくれるものを、ジェイクは必死に求めていた

ひらり、と、手帳から何かが落ちる
屈んで拾えばそれは写真だった

金髪のオールバック、サングラスをかけた男
その男に抱きつき、いつもの笑顔を浮かべている
細い肩には、男の手が回されている

この男を、ジェイクは知っていた
自分の、父親だと


ガラガラと足元が崩れていく感覚に襲われる
立っていられなくて、その場に座り込んだ

どうして、なぜ、なんで
涙こそ流れなかったものの、今にも吐きそうだった
こみ上げてくる何かを抑え込む


どのくらいそうしていたのか分からない
ただ、窓からさし込む光が弱くなり、部屋が暗闇に支配されていく

不意に、扉の開く音が耳に届いて
「ジェイク?」と彼の名前を呼ぶ声がした


は不思議だった
いつまで経っても迎えに来ないジェイク
もしかして先に帰ってしまったのだろうかと思い、店から自分の足で帰宅した
アパートメントの下にはバイクが止まっていて、彼がいる事を示している
けれども部屋に明かりは灯っておらず、それがなぜか不安にさせた

部屋に入れば、月明かりだけが頼りなく部屋を照らしていた
座り込むジェイクの前には、彼女の鞄と衣服が散乱していて、息を呑んだ


「……ジェイク?」

「なあ、教えてくれよ」


振り向きもせずに、ジェイクは言葉を紡いだ




「俺は親父に似てたか?」







NEXT