クリスは先程、自分が見たものを信じられなかった
漆黒のマントを取った下にいたのが、死んだと思い込んでいた相棒のジルだった事も
去っていくウェスカーの横に、あの洋館の事件で失った仲間のひとりがいた事も


「生きていたのか……


あの日、目の前で泣きながら暴君に向かっていた後輩
そしてその体を貫かれ、絶命した彼女



白い指が注射器を握り、それをウェスカーの首筋に刺した
表情という表情が読み取れない彼女は、何を発するでもなくただ彼の横にいた
最初に彼が自分の前に現れた時から、変わらずそこにいる女
エクセラは忌々しげに彼女を睨みつけると、はあと大袈裟に溜息を吐いた


「私はあなたから、まだその女の素性を聞いていないわ」

「……一番の部下だ」

「とても無機質な部下なのね」


ハッと鼻で笑い、エクセラは踵を返した
その場に残されたのはウェスカーと彼女のみになる
彼は自分の横に立つ女を見た

以前よりもさらに白くなった肌。その顔には能面のような表情がついている
回転木馬のように変わる顔が、彼女の特徴といっても過言ではなかったそれが今や思い出す事すら難しい
なによりも、自分さえ多少なりとも変化をしているにも関わらず、彼女の時はあの日で止まったままなのだ


「……


名を呼べば首が傾き己を見る。けれどもその目に光は宿っていない
深遠の淵を思わせる黒がそこにあるだけ
彼女の腕を、骨が折れるほどの力で握る。それでも彼女は、ウェスカーから目を離さない


「私は、神になる」


あの日、連れ帰ったの「体」を、彼は大きなカプセルの中に閉じ込めた
数年の時間を費やし、自分の持てるものを全て使い彼女を再びこの世に生み落とした
セルゲイの動向を探ったロシアから戻った時、彼女はカプセルの中で瞬きをし、彼を待っていたのだ
けれども蘇った彼女は、以前の活気も感情も全てあの世に置いてきてしまった
カプセルから出されたは産声の代わりを上げる事もなく、彼の前に立ち尽くしていた


「そして、今度こそ完璧な貴様を作り上げてやる」


ジルと似たようなバトルスーツに身を包んだは、その言葉に頷く事もなくただウェスカーを見ている

彼女が得たのは、異常なまでに跳ね上がった身体能力と治癒力。それはおそらくウェスカーに匹敵するかもしれない程の
それでも彼は極力暴力がついてくる仕事にはを就かせなかったし、常に自分の横においていた
は、ウェスカーの口から発せられた事は忠実に守った
以前の彼女ならこなせないであろう事も、全てこなした。その行動がどれだけの人間に影響しているのかを、知らないかのように
ただひとつ、ウェスカーが疑問だったのはそこだった

特にジルのように洗脳した訳でもなく、チップなどを使って脳を制御した訳でもないのに、彼女はウェスカーに絶対的に服従していた
それはウェスカー本人にとっても予想だにしていなかった事で、誰もが首を傾げた
誰かはそれを「強い者に従う本能」だと言い、また「ウェスカーの目論見だろう」とも言った

そんな雑音も、纏わりついてくる欲望も、彼にとっては歯牙にもかけないものだった
ウロボロスを放ち世界を支配した時、自分は神になる。そして新しく作り上げた世界で、をもう一度産み落とす
いつしかそれが彼の「最終目標」となっていた事を、本人すら気がついていなかった





おおよそ手が出せずに、ジル・ヴァレンタインの餌食か相打ちにでもと考えたかつての部下は、今眼前まで迫っていた
利用し尽くしたエクセラに最後の「褒美」とウロボロス・ウィルスを投与し彼らに宛がった
それすらも薙ぎ倒し、憎き宿敵は己を追い詰めようとする
どこまで忌々しい存在なのか、握り締めた拳に力が篭った


「もうじきあいつがここに来るだろう……、分かるな?」


こくりとが頷くと同時に、背中の方で扉が開く音が聞こえる
目線を投げずともそれが今の今まで思考の中心にいた人間だと、彼には分かる
新しい相棒を引き連れた、倒さなくてはいけない宿敵


「ウェスカー!」


雄々しく銃を構えるクリスは、彼の横にいるを見て二度目の動揺を見せた


「ほお、覚えているのか」

「貴様……! 、俺だクリスだ!」

「無駄だ。彼女は私の声にしか反応しない」

「ジルだけじゃなく……一体に何をした!」


その返答をクリスが聞くよりも早く、が攻撃態勢に入った
身を縮めクリスの懐に入り込み、その顎を蹴り上げる。咄嗟にシェバが彼女に銃を向けるが、それをウェスカーが阻止した


「っか、……はっ!」

「私の部下に銃を向けるのはやめてもらおうか」


に手の出せないクリスは、なおも自分に攻撃をしかけてくる彼女を受け流す事で精一杯だった
それを満足気に眺めつつも、ウェスカーがシェバへの攻撃を緩める事はない
不意にその流れが止まった

クリスに腕を捕まれたが、小さく呻く


「く、りす……」


その声はウェスカーが久しく聞いていないもので、何よりも待ち望んでいたものでもあった
咄嗟にを見れば、蘇ってから歪む事のなかった表情が今にも泣きそうな顔をしている
なぜ、そう思った瞬間ウェスカーは叫んだ


! 先に行け!」


ウェスカーの声が聞こえた刹那、はクリスから瞬時に離れステルスへと駆け出した
去っていく後輩の背にその名前を呼び続けるクリス。その声を掻き消すように、ウェスカーが体術を繰り出す






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