ふらつきながらもステルスに乗り込めば、迎えたのは無表情に戻っていただった
彼女は咄嗟によろめいたウェスカーを支え、中へと誘導する
その目に後ろから走り迫るクリスと、その相棒シェバを捕らえながら
ウェスカーを支えている彼女の手に、僅かながら力が篭る


「……まさか、奴がきっかけになるとはな……」


それも思えば頷ける話だった
彼女は幼い頃、家族を事故で失った。その時、遠縁であったクリスの家に引き取られ、彼らは本当の兄妹のように育った
「兄」の背中を見て育った彼女は当たり前のように、彼と同じ道を辿った
そうして彼女はウェスカーと出会ったのだ

を支えに立ち上がるウェスカーの視界に、クリスとシェバが映り込んだ


「貴様らを甘くみすぎたようだ」


先刻の事を忘れたのか定かではないが、はぴたりと彼の横についていた
そんな彼女を見てクリスは苦々しい表情を浮かべる。シェバもどうしたものかと思案していた
小さくウェスカーが彼女の名前を発する。しかし、彼女が動き出す事はなかった
直立不動のまま、その場に立ち尽くしている。その横顔はまた、苦悶の表情を浮かべていた
の変化にその場の誰もが次の手を忘れる。一瞬の隙をついて動き出したのは、ウェスカーだった

クリスに打撃を与え、シェバの援護もものともせずクリス達を追い詰める
そんな彼らをただ眺めるだけのの胸中を、誰も知る由がなかった

事態が変わったのは、もう一本の薬剤を打ち込まれた時だった
ハッチが開き、すべてを呑み込むように突風が吹き込む
シェバの足首を掴んでいたウェスカーがついに外へと投げ出されたその時、クリスの横をが飛び過ぎた
今まで微動だにしなかった彼女が、焦燥の面持ちでウェスカーへと手を伸ばした
そして、そのまま外へと彼らは投げ出された


火山口で衝撃から目を覚まし彼が見たものは、自分を庇うように倒れているだった
彼の脳裏に、あの日の彼女が浮かび上がる
血の気の失せた生気が見当たらない顔。ピクリとも動かない肢体
あの時のがまた今、彼の目の前にいた
そっと首筋に指先をあてると、皮膚の下で脈が伝うのをウェスカーは感じた
生きている。そう安堵した瞬間に湧き上がったのは、なによりも怒りだった

軋む体を立ち上がらせ、クリス達のいるであろう場所へと歩を進める
見えた宿敵、ウェスカーの傍らには世界へと放つはずだったウロボロスがあった


「最初に貴様を排除しておくべきだった」


その声に反応し、クリスとシェバがウェスカーに銃を向ける


「泣き言か? らしくないな、ウェスカー!」

「貴様……貴様だけは殺す」


言うがいなやウェスカーはその拳を、ウィルスの詰まった弾頭へと叩き込んだ
そこから現れる幾千もの触手が、彼の体を支配しようと蠢く
肌は変色し、その片手には大剣ほどの金属片が植えつけられた
その様子をただ呆然と眺めていたクリスとシェバは、思わず銃を下しそうになる


「これが最後だ、クリス!」


おおよそ人間にできるとは思えない動きで、ウェスカーはクリス達に迫りくる
クリスの脳裏には、幼い頃のが笑っていた



マグマの噴火する音で、は目を覚ました
遠くの方で、覚えのある声がふたつ聞こえた
片方は幼い時から兄と慕った者の声、そしてもうひとつは恋い焦がれた上司の声
そのふたつがいがみ罵り合う声がする


「……っここ、は……」


は至極混乱した。自分の記憶にある筈の場所とは全く違う場所にいたから
それ以外にも、様々な情報がパンク寸前の脳に流れ込んでいく
死んだと思った自分の体は、己がわからない何かの力を蓄えている事
身に覚えのないスーツ。断片的に寄せてくるのは信じ難い事ばかりだった

自分が愛した男が、まさか世界を破滅させようとしていたとは
押し寄せるのは後悔の念や、恐怖だった。それでも、彼女は立ち上がり声のする方へと歩き出した





とうとうここまで追い詰めた。クリスはマグマの中に落ちたウェスカーを見て思う
なおも彼を攻撃しようともがくウェスカーに振り返らず、ヘリから降ろされた梯子を掴んだ
瞬時にを探したが、その姿を確認する事は叶わない
ギリギリまで辺りを見回すが、ついに彼は崩れ落ちた岩を蹴り上げた

ヘリへと体を滑り込ませた刹那、機体が大きく揺れる
ウェスカーから伸ばされたウロボロスの触手が、大きくヘリを振り回していた
クリスとシェバは、機内にあったロケットランチャーを手に取る
けれどもトリガーに掛けられたその指が引かれる事はなかった

照準を合わせようとスコープを覗き込んだ彼らの目に映ったのは、泣きながら必死にウェスカーを助けようとするだった
そして、彼女の「兄」が「妹」を見た最後の時だった


いっそ死ぬなら道連れに。そう思いヘリを揺り動かすウェスカーの耳に届いたのは、己の名前を呼ぶの声だった
動きが止まりそちらに目をやれば、懐かしい顔を浮かべた彼女が彼に手を差し伸べている
任務で失敗した時、自分を庇ったクリスが怪我をした時、そしてウェスカーが「死んだ」時に見せた表情で
は「隊長!」と叫んでいた


「今度こそ助けます! だから、早くっ……!」


届かないとわかっているだろうに、それでも彼女は手を伸ばす
ウェスカーはほぼ無意識に、ヘリへと巻きつけていた触手を解き彼女のもとへと飛んだ

崩れ落ちなかった岩場の上にふたり、互いの体を支えに寄り添っていた
蠢く触手すらないかのように、轟々と燃え上がるマグマの音さえ聞こえないのだろうか
どろどろと溶け出している両足を気にする素振りさえなく、原形の留めていない左手でウェスカーはの肩を抱いた
彼らの周りにはウェスカーの体から落ちていく触手で溢れていく


「た、いちょ……っ、う、あ……っ」


声にならない声で泣き続けるは、あの日のままの彼女だった
異形となってしまったウェスカーの体を、彼女は抱き締めている


「わ、たしっ……ずっと、隊長の、こと……がっ」


その後に続いた言葉を聞きながら、ウェスカーはを胸の中に閉じ込めた
世界よりもなによりも、求めていたものがようやく手に入った
彼が静かに湛えた微笑みを、誰も知らない
そして、ふたりがどんな道を歩んだのかも、ふたりが捨てた世界の人間にはわからないであろう











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