彼がそこを訪れると、彼女は何やら準備をしていた
動きやすさを重視した格好に、軍手やらシャベルやら籠やらを装備している


「オレが来てやったって言うのに、どこ行くんだし」

「野菜の収穫。サニーも来る?」


キラキラした瞳でそう見上げられると、何も言えなくなるサニー
「オレは土いじりなんてしねーからな」とぶっきら棒に答える

今まで移動式だったサーカスの拠点を、この地に決めてから始めたという野菜の栽培
独学で始めたそれも、次第に様になっていき、サーカスで出す料理にも使うようになったとか
大きなテントの裏、着いた場所にはそう大きくはない畑が広がっていた
漂う青い草の香り。瑞々しさを感じさせるそれは、がどれだけ丹精を込めて栽培しているかを物語っている


「今日は何が採れるかなー」


はサニーを置いて、ひとりでずんずんと畑に入っていく
サニーはそんな彼女にやや不満そうな顔をするも、何も言えず
近くにあった椅子を手繰り寄せて、それに座った

燦々と陽射しが降り注ぐ畑の中、野菜ひとつひとつに触れてその「声」を聴いている
いつだったか、野菜が自ら収穫の時を教えてくれる、と言っていたのをサニーは思い出した
丁寧に野菜に触れる手は、遠くから見ても優しいものだと分かる

昔から、彼女はそうだった、とサニーは回顧した
どんな猛獣も彼女の前では大人しくなってしまう。そんな猛獣達に優しく触れる
その優しさはどんなものにでも向けられて、時には仲間であるトリコ達にもそうであった
怪我をして帰ってきた彼らの手当てをするのは、決まって彼女の役目で
自分以外にも優しく触れるに、もどかしさを覚え始めたのはいつだったか

オレ以外に触るんじゃねえよ、とは言えなくて
それを言えば、困ったように笑うだけなのを知っていたから

その手をどうしても独占したくて、いつもより大きな怪我をして帰った時があった
出迎えてくれたは、サニーの怪我を目にしてボロボロと泣き出してしまう
泣きじゃくりながら自分の手当てをする彼女を見て、居心地が悪かった
その手は確かにいつもと同じで、けれどもちっとも満足する事なんかなかった
オレがしてほしかったのは、こういう事じゃない。ただ笑って、触れてほしかっただけ
その思いがどういうものから来ているのか分かったのは、大きくなってからだった


『サニー』


そう言って、小さな手の平が触れる
優しくて温かい手の平は、サニーの頬を滑り、髪に触れる
誰にも触れさせる事のない髪に、唯一触れるのを許した

その姿が見えなくなった時、置いて行かれた。そう思った
いつでも、いつまでも傍にいると思っていた
けれど忽然とその姿を消した彼女

ずっと、想っていた
どんな人に出会っても、何を見ても、どこか欠けたような気持ちだった
美しい物を見ても、触れても、何かが足りない
あの優しい温もりがないだけで、こんなにも欠如してしまうのか
それは、サニーの中でという存在がどれだけ大きかったかを示していた


さらりと、前髪を梳かれる感覚で、サニーは目を薄らと開く
太陽を背にしているせいで、逆光になってしまっているその表情は見えないけれど
触れられ方で、すぐに誰だか分かる


「んだし」

「気持ちよさそうに寝てたから」


足元を見れば、籠にはたくさんの野菜があった
そんなにうたた寝をしていたか、とサニーは思う
前髪を梳いた手は、すぐに離れていく
それから、後ろを向くとまた畑へと歩き出そうとする

その背中が、あの頃とだぶって見えて

思わず触覚で抱き上げ、自分の膝へと下す
驚いた表情でサニーを見る


「汚れちゃうよ?」

「つに構わねーし」

「サニー、どうかしたの?」

「……んでもねーよ」


離れていく背中が、寂しかったから。なんて言えなくて
彼にしては珍しく、汚れる事も厭わないで、彼女の腰に手を回す


「甘えん坊だねぇ、サニーは」

「子ども扱いすんなし」


回された腕に、手の平を重ねる
相変わらず小さい手は、確かにそこにあって


「もう、黙ってどっかに行くんじゃねーぞ」

「んー」


気のない返事にしかめっ面をする
サニーはの体をもっと引き寄せて、肩に顎を乗せてちらりと表情を盗み見た
すると、バチリと視線がかち合う


「もうどこも行かないよ」


柔らかく笑って、サニーの頬に触れる
優しさが流れ込んでくるようで、サニーは目を細めた