その言葉を聞かされたのは、トリコたちと過ごすようになって数年経ってからだった
トリコたちとの生活が当たり前になってしまったにとって、一龍の言葉は辛辣な物で
俯いてしまったに、一龍は困ったように話した

『お主のグルメ細胞はの、もう人間界の物では進化できないんじゃ』

『……今までみたいに、手術してもダメなのかな』

『おそらくの。しかしグルメ界の食材なら、きっと食べるだけで進化する筈じゃ』

一龍がをグルメ界へと誘おうとするのは、それだけではなかった

『お主の天賦の才はグルメ界でも通用するじゃろう。その性格もじゃ』

『……そんな事』

その時のの脳裏には、四人の姿があった
いつも一緒に笑って、大変な思いをしたり、励まし合って支え合ってきた
自分に、何が大切かを教えてくれた
ずっと一緒にいたい、そう思っていた

けれど


『……分かった。私、グルメ界に行くよ』


自分を一番に救い出してくれた人。暗闇の中から引きずり出して、光を見せてくれた人
それを断る事ができなくて、は涙を呑んでその申し出を受け入れた
一龍は申し訳なさそうに、の小さな頭を撫でる




「……これが、私がみんなの前からいなくなった理由」


話し終えたは、微笑んだままトリコを見た
小松の目には、トリコが些か怒っているようにも見えて
その小さな肩を震わせた

「どうしてオレらに相談もせず決めたんだ?」

「一龍とうさんの頼みだもん、断れる筈がないじゃない」

「それでもっ」

「トリコ」

は彼の言葉を制する

「グルメ界ではね、色々な猛獣や食材の研究もしたの。料理の勉強もしてたし、友達もできた」

の言葉が合図のように、後ろから二匹の猛獣が出てきた
一匹は猫で、もう一匹はトリコも小松も見覚えがある猛獣

「バトルウルフか……?」

「でも毛の色が……」

「この小さい子がミニマムライオンのチビ。それからこの子がマリアン、バトルウルフなんだけど突然変異のせいで毛の色が黄金なの」

チビ、と呼ばれた猫のようなライオンは、ぴょんとの膝に飛び乗る
マリアンと呼ばれた黄金のバトルウルフは、テリーより小さく通常の狼くらいの大きさだ
トリコと小松を警戒しているのか、の横にぴたりと張り付く

「グルメ界に行った事は後悔してない。実際に細胞は進化したし、味覚の制御もできるようになった」

マリアンの頭を撫でながらは言葉を続けた
トリコたちは、の言葉の続きを待つ

「でもふとね、みんなが美食屋をやってるって噂を聞いて……羨ましくなった」

「羨ましい?」

「うん。自分のしたい事をできて……それでね、私は何がしたいんだろうって思った時、思い出したの」



それは庭での修業時代、滅多に外には出られない自分たちを連れて一龍が出掛けると言い出した
行った先はサーカス。何もかもが初めて見る物ばかりで、興奮していたのをよく覚えている
だけではなく、他の面々も歓喜していた

「そうだ、サーカス団だって。トリコや他のみんなが楽しそうにしてた顔を思い出して、その顔をたくさんの人にもしてもらおうって」

それからが大変だったんだよ、とは笑って話す

グルメ界で自分に懐いた、比較的まだ小さくて大人しい猛獣を連れ出した事
IGOの監視下を抜ける際に、傷だらけで瀕死だったシュウに出会い、共に連れて行って欲しいと言われた事
立ち上げるまでの資金や団員集め、ようやくサーカスができると思っても、来ないお客


「アイとセイは、路頭で迷ってたところをうちに招き入れたの。イリヤはなんだか熱心に入団したいって言われて……マップスは気がついたらいたんだよね」


あの子たちのお蔭で、今があるの。そう言葉を締め括ったに、トリコが言う


「ならどうしてもっと早く連絡してこなかったんだよ」

「うーん、IGOに無断で出てきちゃったからその手前、連絡しづらくて」

「そんな事関係ないだろ。親父だって、お前が生きてるって知ったら喜ぶぞ」

「どうだろうね」


俯いて、テーブルを見る
ずっと黙っていた小松が、口を開いた

さんは、もっと自分に自信を持った方がいいですよ」

「え……?」

「料理の腕も、サーカスの団長としても……それに人柄だって、最高ですよ」

「……私の料理の腕は、才能じゃないから。サーカスだって、みんなありきだし」

「そんな事ないです! 食材の声が聞こえて味が分析できても、本人のやる気がなければ料理は美味しくできません!!」

「小松さん……」

「それにサーカス団のみなさんだって、さんを慕っているからここまでついてきてくれたんだと思います!」

小松の剣幕に、はおろかトリコも驚いていた
当の本人もはっと我に返り「す、すいません、出しゃばり過ぎました……」とペコペコしている
そんな小松を見ては、ふふ、と笑う


「トリコが小松さんを選んだ理由、なんとなく分かった気がする」

「そうか?」

「うん」


晴れやかな笑顔で、は頷く


「ココにサニー、ゼブラやリンにも会いたいなぁ」

「どうだろうなぁ……」

「あ、それならボクにいい考えがあります!」


ごにょごにょと小松はトリコに耳打ちをする
トリコの顔も、電球がついたようにパッと明るくなり、それから満面の笑みに変わる
とうのだけが、分かっていない模様だ