主な食事は変わらず点滴だったが、トリコたちと狩りに行った時だけは同じ物を食べていた
無理をしているのを悟られぬよう笑顔で、一緒に頬張っていた
けれどもその無理に気がついていた者がいた

、本当にそれ美味しいのか?』

いつものように修行をし、狩りをして、が調理をした獲物を食べている時だった
隣に座り火を囲んで、自分の何倍もの量を平らげるトリコが、ふと彼女に言った

『う、ん。美味しいよ』

『ならもっと美味しそうな顔しろよなー。食材に失礼だぞ!』

『え……?』

『こうやってオレたちが強くなれるのも、食材があるからなんだぞ。感謝して食わねえとな!』

そう言ってがぶがぶと自分の分を食べ進めるトリコに、他の面々もうんうんと頷いていた
気がつかれていた。その事も驚きだったが、それ以上にトリコの言葉が衝撃だった

食材に、感謝をする

自分の手の中にある食べ物を見た。こんがりと焼かれ、適度に振った調味料が素材の味を活かしている
『ありがとう、美味しく食べてくれて』耳を澄ませば、そう言っているように聞こえた
とくとく、と自分の中を流れる血。食べ物を持つ手、腕、体。全てを形成してくれている物
食材が、自分を生かしてくれている。そう認識した瞬間、涙がぶわっと溢れた

『う……うぅ……』

『あー! トリコがのこと泣かせたし!』

『オ、オレのせいなのか?!』

『大丈夫? 

『いらねえならオレが貰うぞ、残り』

『た、食べる!』

ゼブラから残っていた肉を奪い、がぶりと噛みついた。そこから溢れる肉汁が、初めて「美味しい」と感じられた
すぐに舌は分析をし、記憶に残るがそれももう構わなかった
美味しい物を美味しいと感じられるようになった、食事を嫌だと思わなくなった
それは全て、この時のトリコの言葉のお蔭だった

『にしても、ほんとが作るとどんな食材でもうまくなるよなー』

『見た目もつくしいし、ま、合格点じゃね?』

『ボクはの味付け、すごい好きだよ』

『……うめえ』

泣きながら肉を頬張るに、それぞれが声を掛ける
は涙を止め、四人を見た

『将来は一緒に狩りができたらいいな!』

『ならボクだってそうだよ』

『いや、この俺様とだな。お前らじゃを守れねえだろ』

『っい! つくしい俺とつくしい調理ができるが一緒に決まってんだろ!』

やいやいと喧嘩を始めてしまった四人を見て、は笑った
こんなにも自分を思ってくれている人がいる。それがこんなに幸せだなんて、あの時は分からなかった
自分を外に連れ出してくれた一龍に、感謝の念を感じられずにはいられなかった


それはいつものように修行の最中だった
広く鬱蒼とした森の中、どんどん歩を進める四人の後を、必死に追っていた
刹那、どこからともなく獣が低く唸る声が聞こえ
四人に声を掛けようとしたその時だった

重い衝撃が体全体に走り、何かに圧し掛かられる
それが猛獣だと分かった時、横で四人が慌てているのが見えた
なぜなら、その猛獣の捕獲レベルはまだ四人ではどうにかできるレベルではなかったから
は猛獣の目を見つめ、耳を澄ませた


『いい匂いが、する……』


すんすんと自分の匂いを嗅ぐ猛獣
自身、この猛獣に何かするつもりもなく、もちろん捕獲して食べるつもりもない
ならば攻撃してはいけない。優しく諭せば、きっと分かってくれる筈
そっと自由な手を上げ、大きな頬を撫でた


『何かするつもりはないよ。森に帰りな』


言い聞かせるように、しっかりと目を見つめ言う
すると猛獣は、一度の頬をぺろりと舐めると、そのまま森の奥へと帰っていった
その行動に四人は驚きを隠せなかった

駆け寄ってきたココが、を抱き起す
他の三人も怪我はないかと、の体のあちこちをさぐった
くすぐったさに身を捩るが他の面々はそれどころではなかった

『おい、本当に大丈夫なのか?』

『っジで危ないところだったんだかんな!』

『でもあの子、私たちに何かするつもりはなかったみたいなんだよね』

ケロリと言い放つに、四人はため息を吐く
それから先頭を切って歩き出したに、とぼとぼと四人はついて行った



その日の出来事を部下から聞いた一龍は、ふとある事を思う
それはが秘めている、無限の可能性だった

それから時折、だけ特別メニュ―だと言われ、別の場所に連れて行かれる事が増えた
それは極寒の地だったり、灼熱地獄だったりと様々な気候や天候の場所だった
どこに行っても、はその地に適応した。それは彼女の体が食材であるが故だったのだ
食材がそこで育つために進化する。それがの体にも起きていた

そして、また別のメニューだと言われ、様々な猛獣や植物と触れ合う事を言い渡された
これが果たしてなんの修行になるのかは皆目見当もつかなかったが、親でもある一龍に言われた事
嫌とは言えず、黙々とこなしていった


不思議な事に、どの猛獣たちもに懐いてしまうのだ
例えば、バトルフレグランスを使って興奮状態になっている猛獣でさえ
が優しく語りかけると、大人しくなってしまう。その時のの背には、天使が見えたと言われている
感情を持たないであろうと言われている植物も、を前にすると萎れていた物が活き活きとし始める
それらを慈しむように、丁重に触れるを見て一龍は最後の検査に入った



、最近グルメ細胞は進化しておるか?』


その日は五人での久しぶりの修行だった。はしゃいでしまったは、部屋ですでに船を漕いでいた
一龍の突然の訪問、そしてその質問に驚き目を覚ます


『……手術以降、細胞が進化した感じも活性化する事もないよ……』


他の四人は、どんどん強くなるのに、自分だけ置いてけぼりのようで
それが悔しくて、は自分なりに強くなろうとした
いらない、そう言われないよう、料理の腕も磨いた
それでも自分の体はそれに応えてはくれない


『……お主の細胞は、人間界ではもう足りないのかもしれん』

『え?』

、頼みたい事があるんじゃ』


いつになく真剣な顔で、一龍は言った


『お主に、グルメ界に行って欲しい』