はトリコの腕から抜け、シュウに話す

「ちょっと動物たちの所に行ってくるから。みんなと先にご飯食べてて?」

「……分かりました」

「トリコ、それから小松さん。一緒に来てくれますか?」

扉のノブに手を掛け、振り返りふたりにそう声を掛ける
呼ばれたふたりは一度顔を合わせ、それから彼女の後ろについて行く

小屋を出て、パフォーマンスを見たテントを挟んで向かい側にある、一番大きなテントへと足を運んだ
入口にはイリヤと、トリコと小松が入場する時に会った巨体のピエロがいた
イリヤは「団長!」と笑顔を見せるが、トリコと小松を見ると、あからさまに不機嫌な表情になる
ピエロはメイクのままなので、相変わらず笑顔だ。ポンポンとイリヤの肩を叩いていた

「イリヤ、マップス。シュウたちのところに行ってくれる?」

「あ、はい」

ピエロは頷くと、まだ名残惜しそうなイリヤを引っ張り、小屋の方へと消えて行った
はそれを確認すると、テントの中へと入りふたりを招く

「わあ……!」

小松が感嘆の声を漏らす。トリコもきょろきょろと辺りを見回した
広い敷地の中には、様々な大きさの檻があり、中には猛獣たちがいる
どの猛獣も穏やかにを眺めている
一番大きな檻の前に来ると、はその中へと手を入れた
奥からのそりのそりと、みっつの顔を持つ虎―阿修羅タイガー―がその手に顔を擦りつける

「この子は阿修羅タイガーのガウガっていうの。グルメ界で最初に出会った子」

「グルメ界?」

「うん」

トリコが聞けば、は頷く
彼自身もその猛獣には見覚えがあった。あの重力が出鱈目だった森で、自分を狙ってきた猛獣だからだ
またが歩き出す。ついて行けば、自転車を乗りこなしていた、熊のような体に長い鼻を持つ猛獣の檻に来た
「彼はエレファントベアのパウワ。その隣が、キングレントラーのツイッチだよ」説明しながら、猛獣たちの様子を見る

奥に進むと、簡易なテーブルと椅子があった。そこに三人は座る
は終始微笑んでいるが、トリコは若干険しい表情であり、小松は何が何だか分からないといった顔をしていた


「何から、話そうか」


は小松を見て、笑った
その笑顔に心臓が跳ねる、と同時にありえない感情を小松は抱いた
それは、食材と対峙した時の感情だった
ヒトに対して抱いた事なんてない、持つ筈のない感情


「小松さん、私はね、トリコたち……美食屋四天王と一緒に育てられてたんです。IGOで」

「そうだったんですか……」

「みんなと同じでグルメ細胞も持ってる。……ただ、他のみんなと違う所もある。これを知ってるのは、一龍とうさんと、シュウだけ」

「なんだと?」


トリコの眉が上がる。は微笑みを絶やす事はなかった

「私はね、食材なの」


に移植されたグルメ細胞は、四天王たちに移植された物とは異なっていた
細胞自身が、食物を欲するのだ。直接食材の細胞を移植しなくては、細胞の進化は得られなかった
幾度となく極秘の手術が行われた。それは、の体に、動物や植物の遺伝子を移植するというものだった
手術という名の実験は成功だった。グルメ細胞は進化、活性化した
それと同時に、の体は劇的に変化してしまう

術後の検査で分かった事、それは自身が食材になってしまったという事だった
道徳的にヒトがヒトを食べる行為は禁忌とされているが、の体はもうヒトの物ではなくなっていた
肉は甘美な牛を思わせ、体液は彼女の興奮度合で味を変える
体中の成分を分析すればする程、彼女は人間ではなかったのだ
人の形を成し、思考を持つ食材となってしまった


「最初はすごいショックで、部屋に閉じこもりっきりだった。いつどこで狙われるかも分からないから、IGOでも私の存在はトップシークレットだったし」


彼女の変化はそれだけではなかった
グルメ細胞の影響で、味覚が進化したのだ

食べた物を、瞬時に分析する事ができそれを記憶するのだ
しかしそれは、彼女が食べ物を味わう前に行われてしまうため、は食事が次第に苦痛になってきた
それだけが、原因ではなかった
グルメ細胞と移植した食材の細胞が結合したため、彼女には動植物の声が聞こえるようになったのだ
それは調理される前の物も、された後の物もだった

彼女の食事はいつの間にか、普通の物ではなく点滴で栄養を直接細胞に取り込む「作業」になっていった


「ずっと、こうして生きていくんだって思ってた。研究されて、いつか破棄されるんだろうなって。でもね、一龍とうさんが外に出してくれた」


ある日、部屋に一筋の光が射した
そこには笑顔を浮かべる一龍の姿があった。IGOのトップであり、父親のような存在である彼は
にとって「食材」となってしまった時から、唯一の拠り所だった


、家族は欲しくないか?』


家族
ヒトではなくなってしまった時から、全てを諦めていた
「普通」に与えられる物は、もう手に入らないと思っていた
けれど、今、望めばそれが手に入る場所にある
躊躇はしたが、その笑顔が背中を押した


「一龍とうさんに連れてかれた場所……「庭」にはトリコたちがいた」


一龍の足に隠れ、そっと窺えば四人の子ども

青い髪に興味津々な笑顔を浮かべながら、食べ物を勧めてきた子
笑って「あんまりボクに触らない方がいいよ」と、少し寂しそうな顔をした子
カラフルな髪を触りながら「つくしくねえ!」と指をさしてきた子
「あんましチョーシに乗んなよ」と言ってきた子


「それからはトリコも知ってると思うけど、一緒に修行をしたり、狩りをしたり……楽しかったなぁ」


一龍やマンサムのトレーニングや、庭の猛獣たちを狩りに行ったり
最初の頃はそれぞれ、をどう扱っていいのか分からなかったが、次第に順応していき
基本的には誰かの後ろにいる事が多かった

仕留めた猛獣の調理は、いつの間にかの担当になっていた
食材の声が聞こえるが故に、どう調理すればその食材が最も美味しくなるかを分かっていた
一龍からもらった調理器具で、トリコたちに食事を振る舞っていた
笑顔で自分の作った物にかぶりくつ彼らを見て、嬉しくて仕方がなかった



けれど、それもそう長くは続かなかった