急な音に小松が肩を跳ねさせる
が「はーい」と返事をすると、扉が勢いよく開いた

ー! 今日も頑張ったぞー!!」

! オレモンジのムースまだある?」

ふわふわの、色違いの衣装を身に纏った子どもふたりが小屋に入ってくる
小松はそのふたりが、空中ブランコの演技をした子だと気づく
ふたりは勢いよく、の腰に抱きついた

「アイ、セイ、今日もお疲れ様。ご飯ちゃんと用意してるから、着替えたら食べよう?」

「うん!」

「その前に、小松さんにご挨拶してね」

に促されて、ふたりが小松に振り返る
どうやら男の子と女の子の双子らしく、同じ顔が彼を見上げた
にっこりと音がするような笑顔で、手を差し伸べる

「俺はアイってんだ、セイの兄貴。よろしくな!」

「私はセイっていうの。お兄ちゃんとブランコしたりしてるよ」

小さな手に小松も両手を重ねて、破顔して「ボクは小松です、よろしくね」と返した
あどけない可愛らしさに、小松の顔も緩む
ふたりはにこっとまた笑うと、衣装の奥へと走って行った

「うちの看板兄妹なんです」

ふたりを見送り、小松にはそう言う
その顔は愛情で溢れていた

謎に包まれていたサーカス団の実態を、少しだけ垣間見られたような気がして
小松はなんだか得をした気分になる
しかし、自分がここに何をしに来たのかを思い出し
に尋ねた

「あの、さん……」

「なんですか?」

「このサーカス団のシェフって、一体どんな方なんですか?」

そう聞かれ、とシュウが顔を見合わせる
それからクスクスと笑うと、が自分を指した


「エプロンしてるし、てっきり気がついてるのかと思ったけど……シェフは私です」

「ええええ! あ、そう言えばそうですね! すごい、団長もやってるのにシェフまでも……!」

「そんな事ないですよ。みんなに支えられてるからできてるだけで」


ふふ、と笑うとは「料理のお味はいかがでしたか? 小松シェフ」と問う

「あんな調理の難しい食材ばかりなうえ、とても美味しいフルコースでした! ……正直、ボクなんて足元にも及ばないなぁって」

「そんな事。料理を愛する人に優劣なんてないと思いますよ」

そうでしょう? と小松に言うは、どこか寂しそうでもあった
褒められているのに、どうしてそんな顔をするんだろう、と不思議に思う小松
すぐにその表情は引っ込む。シュウが場の空気を読むように小松に聞く


「そういえば、今日は誰といらしたんですか?」

「あ、はい。今日はトリコさんと」

「トリコ?」


その名前に、真っ先に反応したのはだった
驚いた後「そうだ、小松さんのコンビはトリコでしたね」と納得したように頷く
それから少し慌てて、シュウの方を見た
シュウは首を傾げている。はふうとひとつ息の塊を吐くと、諦めたように笑った
するとまた、扉がノックされる音がする
シュウが返事をすると、声はイリヤだった

「あのー、小松さんの連れだって奴が来てるんすけど」

きっとトリコさんだ! そうはしゃぐ小松をよそに、が緊張した面持ちで扉を見遣る
シュウが「入ってもらえ」と言えば、扉はすぐに開いた

「おう小松。知り合いには会えたか?」

「はい! 聞いてくださいよトリコさん! なんとこの方が団長でシェフだったんですよ!」

「へえ……!」

小松がに手の平を向ければ、トリコもそちらに目をやる
トリコが視界にを認識した時、場の時間が止まった
目を見開いたトリコ、そして苦笑いを零しながら彼を見る
ゆっくりと、時間がまた動き出す

一歩一歩、踏み締めるように中へと進むトリコ
その様子に小松はまたもクエスチョンマークを浮かべるが、次の瞬間驚きで体が吹き飛びそうだった


トリコの巨体が、おそらく平均的体躯のを抱き締めていた
も特に拒否する事はなく、よくよく見ればトリコの体は小さく震えている
「トリコさん……?」と小松は声をかけるが、それにすら反応しない


「本当に……なのか?」

「……うん。そうだよ、トリコ」


ぽんぽん、と子どもをあやすようにはトリコの背中を撫でる
小松はずっとはてな顔をしていたが、ゆらりとシュウが立ち上がった
ふっと小松の視界から消えたと思うと、注射器を持ちそれをトリコの首筋に宛がい睨みつけていた

「……団長から離れていただけますか……?」

「あぁん?」

「しゅ、シュウ! 大丈夫、大丈夫だから注射器しまって!」

トリコに抱き締められたまま、手だけを動かしてシュウを止める
シュウは「……そうですか」と注射器を懐にしまい、すっとトリコを見る
トリコもその体勢で、シュウを睨みつけた
小松は三人の間であたふたと慌てるのみだ


「これは説明が大変だな……」


ひとり呟いたの言葉は、誰に聞かれるでもなく小屋の中に溶けていった