小松はテントを出ると、チケットを渡したピエロを探した
まだ人が溢れているとはいえ、あの大きな体ならすぐに見つかると思ったのだが
ピエロを見つける事は叶わなかった
その代り「STAFF」と書かれた黒いTシャツを着た、筋肉質の男性を見つけた

彼に近づき、小松は少し高い位置にあるその肩を軽く叩く

「ああ?」

「ひっ!」

振り返った金髪の男は、睨みつけるように小松を見下ろした
鋭い眼光が小松を射抜く。四天王やIGO、美食會など色々な人間を見てきたが
やはりそういった態度には慣れる事はなく、小松は肩を竦めた

「あ、あの……副団長のシュウさんには、どこに行けば会えるでしょうか?」

「……なんだお前」

「ボク、小松と申します。その、シュウさんにこの公演のチケットを貰いまして……来た時には声を掛けてくれって」

そう言うと、先程まで険しい顔をしていた男はコロッと態度を変え
破顔して小松の肩を抱いた

「なあんだ、お前副団長の知り合いか! 悪いな、またミーハーな奴らかと思ってよ!」

「は、はあ……」

悪い悪い、と言いながら男はテントの裏側へと小松を案内する
そこにはテントより弱冠小さな小屋があった。小屋の扉には「STAFF ONLY」の文字が
男は小屋に近づき、その扉をノックする

「はい」

中から聞き覚えのある声がした
小松はすぐにそれがシュウの声がと分かった

ガチャリと扉がすぐに開き、中からやはりシュウが顔を見せた
男を見るとやや呆れたような表情になったが、後ろにいる小松を見つけて驚きの表情に変わる


「小松さん、いらっしゃってくれたんですね」

「はい! あの時はありがとうございました!」

「今日はいかがでしたか?」

「パフォーマンスも料理も最高です! 一緒に来た人も満足そうでした!」

「それならよかったです」


にこりと微笑むシュウ。それにでれっと顔をだらしなくさせる小松
男はシュウに「団長は?」と尋ねると彼女は「後片付けをしている」とぶっきらぼうに答えた


「そうですか。ガウガが寂しがってるから早く行ってやるといいかなと思ったんですけど」

「伝えておくよ。それよりイリヤ、小松さんに挨拶をしたのか?」


そうシュウに言われると、男は慌てたように小松に向き直り手を差し出した

「今更だけど、俺はイリヤってんだ。よろしくな!」

「ボクは小松と言います。僭越ながらホテルグルメでシェフをやってます」

「へえ、ホテルグルメか。一度行ってみたいんだよなぁ」

感心したような目でイリヤは小松を見下ろした。褒められた小松は、照れたように後頭部を掻く
小松の言葉にシュウはまた驚いた表情をしていた

「小松さんは、ホテルグルメのシェフでしたか」

「ええ。あれ、この前言いませんでしたっけ?」

「聞きそびれてたみたいですね、すみません」

頭を下げるシュウに、小松はアワアワと手を振りそれを制止する
本当に丁寧で律儀な人だなあ、と彼は思った
シュウはどうぞ中へ、と小松を招く
続いてイリヤも中へと入ろうとしたが「お前はまだ仕事があるだろう」とシュウに止められ
ため息を吐いてから、とぼとぼと小屋を後にした


「満足して頂けたようで安心しました。そう言えば、お連れの方は?」

「ボクがシュウさんに会いに行くって言ったら、屋台の方を回るって言ってました」

「そうですか」


シュウは備え付けの棚でコーヒーを入れると、ふたつ持ち小松の前にひとつを置いた
いただきます、と両手でカップを持ち、ふうふうと息を吹きかけ一口飲む
小松はそのコーヒーが、カフェアリの物だと分かった

「これ、鉄平さんが再生させたカフェアリだ」

「ええ、再生屋とはパイプがありましてね。時々再生された食材を貰ったりしているんです」

「へえ……」

コクリとコーヒーを飲み、キョロキョロと小屋の中を見回す小松
鏡台がいくつか並んでおり、その前にはメイク道具やカツラなどがある
逆側には簡素なシンクと調理台があり、いくつかの食器もあった
奥を見れば様々な衣装が置いてある

すると、奥の方から鍵の開く音がした
がちゃりと扉が開く音の後、誰かの足音がする
衣装の間を抜け、出てきたのはひとりの女性だった


「やっと後片付け終わったよー。って、あれ……」

「お疲れ様です団長」

「団長?!」


腰から白いエプロンを下げ、オレンジ色のTシャツを着た女性
小松を見ると、目を開きぽかんとしている
すぐにふるふると首を振ると、とことこ、と小松に近づく
そして手を出し、にっこりと笑った


「初めまして小松シェフ。私はこのサーカス団の団長、と言います」

「ボクの名前……」

「センチュリースープを作った、ホテルグルメ若きコック長の小松シェフ、ですよね?」


首を傾げ、愛嬌のある笑顔でそう言う
小松は頬を染め、こくんと頷く
そのやり取りをシュウは、微笑ましいものを見るような目で眺めていた

心地のいい沈黙を破るように、扉が強い力で叩かれる音が響いた