トリコたちの前にはまず、オードブルが運ばれてきた
テーブルにあったメニュー表を見れば「ウイスパー海老と羽衣レタスのミルフィーユ仕立て」と書かれている
大人の小指程の海老がいくつも重なり、レタスに包まれている
その上には鮮やかな赤色のソースがかけられていた

小松はその見た目に心を魅かれていた。海老の重なり具合も、包んでいるレタスの厚さも
全て計算し尽くされた美しさだった
かけられたソースは、海老やレタスの色彩を壊さずに彩を加えている

そっと、ナイフを通せば抵抗なくすぅっと切れ目が入る
それでもまだオードブルは形を崩す事なく、断面を晒していた
一口分を切り、口に運ぶ


口に運んだその時、小松に衝撃が走った


ウイスパー海老は、その小ささと茹で加減から調理が難しいと言われている代物
自分でさえ納得のいく調理がなかなかできないのに、目の前の海老は最高の物だった
何度噛んでも、プリプリとした食感は損なわれず、味はどんどん染み出してくる
その染み出した味を引き立てるように、レタスの新鮮な瑞々しさが海老を包む
ソースはどうやら人参とトマトのソースのようで、これがふたつの食材をまとめていた


「最高に美味しいですね! トリコさん!!」


頬に手を当て、隣でおそらくがっついているであろうトリコを見た小松は驚いた
いつもならどんな時だって、悪く言えばガサツな食べ方をするトリコが
一口、口に運んだままフォークが止まっている

「ど、どうしたんです?」

小松の問いかけにも、トリコは微動だにしない

周りの人たちが、料理に夢中になっている間も、トリコは黙ったまま料理を見つめていた
するとその目にじわりじわりと、水滴が集まってくる
そして、ぽたっと淡く光るテーブルの上に、涙が落ちた

「トリコさん?!」

「あ……わりい」

ぐ、と涙を拭い、トリコにしては大人しい食べ方で料理を食べ進めた
そんな彼に小松はクエスチョンマークを浮かべていたが、次に運ばれてきた料理が見え慌てて食べるのを再開した

次に運ばれてきたスープも、小松を魅了した
剛毛蟹から出汁を取り、いくつもの香草や野菜と煮込まれたスープは
センチュリースープにも引けを取らない透明度と、コクがあった


魚料理はベジタブルサーモンのムニエル
肉料理はポキポキチキンのロースト、ベリーソースがけ
主菜はスターシャークのグリルと温野菜添え
サラダは虹色ブロッコリーのコブサラダ
デザートはオレモンジのムース


どの食材も調理が難しい物ばかり、それなのにどれも完璧な調理を施され、最高潮まで味が極められていた
見た目も目を離させない程美しく、小松はサニーがこれを見たら喜ぶだろうな、と考えていた
ただ、それよりももっと気になる事が、小松にはあった

隣で一緒に食事をしているトリコが、珍しく今日はとても大人しかった事だ
どの料理が運ばれてきても、最初は驚くのだが一口食べると同時に固まってしまう
それから感慨深げに料理を見て、ゆっくりと味わうのだ
本来ならそういった食べ方が正しいのだろうが、普段のトリコらしかぬ作法に
小松はますます分からなくなっていた

もしかして、口に合わなかったんだろうか
しかしトリコは全ての料理を平らげていたので、それはないだろう
元々食材や料理に対して絶対の愛情を注ぐ彼のことだから、口に合わなくても残さず食べるけれども
それを差し引いても、トリコの様子はおかしかった




全ての料理を食べ終わり、小松は腹を擦った
そして思ったのだ。このサーカス団の料理人に、完敗だと
悔しくもあったが、同時に更なる高みを目指そうと決意するにも至った
一度、会ってみたい。その思いがどんどん強くなる
その時ふと、グルメタウンで自分にチケットをくれたシュウの存在を思い出した


『そちらで、副団長をやっております。いらした際にはぜひ、お声掛けください』


もしかしたら、彼女に言えば料理人に会わせてくれるかもしれない
テンションが上がり、先程までトリコを案じていた小松は勢いよく彼に振り返る


「トリコさん! ボク知り合いの方がいるんですけど、会いに行ってもいいですか?」

「ん? ああ、別に構わねえけど。オレはその間、まだやってる屋台にでも行ってるぜ」

「ありがとうございます!!」


がたっと立ち上がり、小松は後で入口で落ち合おうと約束をすると、小走りでテントを後にした
それを見届けたトリコは、自分が食べ空になったデザートの皿を見つめる


『トリコ! ごはんできたよ!』


捕まえた獲物を渡せば、どこからともなく出した調理器具で料理をしていた子
どんな食材でも美味しくしてくれた。一緒に火を囲んで、会話をしながらそれを食べていた

あの時の味が、あのオードブルを食べた瞬間に蘇ったのだ
他の料理からも、同じ匂いを感じた


「まさか、な……」


トリコの呟きは、料理を堪能した人々の声にかき消された