トリコと小松が中へと入ると、そこはもう満員だった
最前列には子どもがひしめき、その後ろには豪華に着飾った大人が並ぶ
どうやらこのサーカス団は子どもを優先的にするようで
その姿勢にふたりは感心しいていた

自分たちの手の平にある半券には「VIP自由席」と書いてある
それはステージから真正面、ちょうど真ん中の段にあった
移動し備え付けられている椅子に座り、まだ手に持っていたシャーベットを食べる
周りからは小さな声で「四天王のトリコだ」「センチュリースープの小松シェフもいるぞ」と
大人たちが口々にするのが聞こえてきた

「最後にこのテーブルにフルコースが並ぶのか」

「そうみたいですね。ってこのテーブル、蛍火樹(けいかじゅ)の木で作られてますよ!」

薄暗いテントの中、淡い光を放つその木材は珍しい木材で
どうやらどの席にもこの木材が使われているようだ。辺りを見渡せば
観客の手元はうっすらと、まるで蛍の光のように輝いていた

屋台で買ったであろう品物を並べる子ども、すでに自分の食器を用意する大人もいた
その様子を見て、ふたりはこれから始まるであろうショーと、振る舞われるフルコースに期待を寄せた


不意にブーっとけたたましいブザーが、会場に流れる
それはショーの開幕を合図するもので、辺りから歓声が溢れる
小松も目を輝かせ、トリコは腕を組みステージを眺めた


一瞬、会場が真っ暗になる
するとすぐに、色とりどりのレーザーが辺りを照らす
ステージの真ん中がせり上がり、オレンジ色のタキシードを着た人物が登場した
その時、僅かにトリコの鼻腔に懐かしい香りが届く

「……この匂い、は……」

それは幼い頃、何度も嗅いだ匂いに酷似している
ステージの真ん中に立つ人物は、シルクハットを深く被りその顔は見る事が叶わない


「今宵は我がサーカス団、デリシャスマジカルにようこそ! 心ゆくまでお楽しみください!」


その声は紛れもなく女性の物だった。凛としたその声量は、客席全体に行き渡る
すると、彼女の頭上で空中ブランコが揺れ出した

端と端、塔のてっぺんには色違いの衣装を身に纏った小さな子ども
どうやら女の子と男の子の双子のようで、彼らはブランコの棒を握ると
躊躇う事なく、空中へと飛び出した

手を繋ぎ、ブランコからブランコに渡る
棒から手を離し、互いの手だけが命綱
華麗に飛び上がり、また棒を握り跨る
そこから跳ね上がると、交互に向かい側のブランコに着地した
そして最初の塔に入れ違いで戻るふたりに、客席から割れんばかりの拍手が送られた

そのパフォーマンスに小松は勿論、トリコもひゅうと口笛を吹く
そこからは、怒涛のパフォーマンスばかりだった

火を噴きながら踊るファイヤーパフォーマンス
的に刺激的な衣装の女性が括り付けられ、目隠しをした男がナイフをギリギリの所に投げる
たくさんのピエロがくねくねと、軟体動物のように組み合えば次の瞬間にはステージから消えている
様々なパフォーマンスが、その度に観客を沸かせた

再びオレンジ色の女性が、ステージに立つ
その手にはマイクが握られていた

「それでは、当サーカス団の目玉、猛獣たちのパフォーマンスです!」

要所にある檻が重い音をたてて、ゆっくりと開いていく
そこからのそりのそりと、大きな猛獣が姿を表した
トリコはその猛獣を目にすると、思わず立ち上がった


「と、トリコさん、どうしたんですか?」

「あの猛獣……グルメ界の猛獣だ」


檻から出てきたのは、みっつの顔を持つ阿修羅タイガー
トリコがグルメ界に発った際、自分を真っ先に襲ってきた猛獣だった
その時のものより、やや体は小さいがそれでもあの獰猛さだ
本当にこのサーカス団は安全なのか? トリコの脳裏に不安が過った時だった

阿修羅タイガーはゆっくりと女性に近づく
そして、女性にすりすりと甘える仕草をする
クルクルと鳴く様は、まるで猫が主人に甘えるような仕草だった

「それではこのガウガちゃんには、まず火の輪潜りをしてもらいます!」

用意された轟々と火の灯された輪は、阿修羅タイガーが通れるかどうか微妙な大きさだった
あれを見事に潜れたら、どんなに素晴らしい事か
観客たちは、固唾を飲んでその様子を見守る


阿修羅タイガーが、女性から離れ輪の向かいに構える
一瞬低く唸ると、勢いよく走り出す。そして、見事その輪の中心を潜り抜ける
すぐにターンをすると、またその輪を潜る
勿論、その体に火は移っていない
わあああ! と歓声が会場全体に広がる

その後も連続して置かれた火の輪を潜り、細い綱を渡ったりと様々な芸を見せてくれた
女性は成功する度に阿修羅タイガーの顔を撫で、タイガーも嬉しそうに身を捩じらせる

「それでは次に、パウワ君の登場です!」

阿修羅タイガーがのそりのそりと檻へと戻っていくのと同時に、今度は白銀の巨体と長い鼻を持つ熊のような生き物がだった
これまた獰猛そうな猛獣が出てきた
トリコは、恐らくこの猛獣もグルメ界のものだろうと踏んでいた
やはりその猛獣も嬉しそうに女性へと体を摺り寄せる

その猛獣は巨体に見合わない小さな自転車やボールに乗り、観客を沸かせた

それからも続々と、人間界では到底お目にかかれないであろう動物たちが姿を表し
各々得意であろうパフォーマンスを披露していった


湧き上がる歓声の中、全ての猛獣たちが姿を檻に戻した時、ステージ上で女性が一礼した

「今宵はパフォーマンスをご覧くださり、まことにありがとうございました。只今より、当サーカス団フルコースをご提供させていただきます」

そう声が掛かると同時に、客席にはウェイターらしき人物たちが料理を運び出した
まだ席に到着していないのいも関わらず、その匂いは観客たちの腹の虫を鳴かせるのに充分
子どもたちにはお子様ランチを催した物を、大人にはレストラン顔負けのフルコースが用意された


トリコと小松は、目の前に並べられた料理に生唾を飲み込む
パフォーマンスで興奮し切った感性に、さらに刺激を与えるような料理ばかりが並んでいるのだ


「今日のお料理は海鮮食材をふんだんに使わせてもらいました。どうぞご賞味ください」


女性の声で、食器のぶつかる音がたち始めた