時は夕刻、普段はあまり人の来ない広い公園が、今日はたくさんの人で溢れていた
それもその筈、今日はあの「デリシャスマジカルサーカス団」の公演日なのだから

様々な屋台が立ち並ぶ通りと、その奥にある普通にサーカスより少し小さめなテント
子ども大人関係なく、人々のはしゃぐ声や出店の掛け声
辺りには出店の料理が香らせる、芳しい匂いが立ち込めている
そして、遠くからは獣の鳴き声が聞こえていた

そんな中をトリコと小松は、ふたりで歩いていた
勿論、ふたりの手には屋台の料理がある

「まさかBBコーンの丸焼きが売ってるとはなあ」

「ボクもトリコさんにポップコーンはご馳走になりましたけど、実物を見て食べるのは初めてです!」

普通のサイズのとうもろこしと変わらないそれは、醤油を塗られ適度に焦がされ食欲をそそる
どうやら醤油だけではなく、隠し味で何か工夫されているようだったが、小松にすらそれは分からなかった
ただあまりの旨さに、ふたりは顔を蕩けさせていた

「うんめぇなぁ、小松!」

「はい! トリコさん!」

がぶがぶと食べ進めるふたりの目に、今度は別の屋台が飛び込んできた

「おお! シャキシャキパインのシャーベット!」

ピエロがプラスチックのカップに盛り付けているのは、黄金に輝くシャーベット
子どもが屋台を囲み、我先にと手を伸ばしている
トリコと小松もその列に並び、また再びその味を堪能した

「このシャキシャキパイン、普通のに比べて輝きが増してるな」

「本当だぁ、まるで宝石みたいだ。どんな仕込みをしたんだろう?」

料理人らしき発言に、トリコは耳を傾けながらその冷たさを口内で味わっていた
確かに普段食べている同じ物より、甘みもダントツに違う
酸味も適度に増しており、それが飽きを来させない


「にしても、屋台の数にも驚きだがその値段もビックリだぜ」

「何しろ「お客様の言い値」ですからね」


ふたりの言う通り、どの出店にかけられている札には「お客様の言い値」としか書かれていない
だからこそ、子どもから大富豪まで、同じように食べる事が出来る
子どもたちは自分のお小遣いの範囲で、金を持つ物はステータスとしてそれに見合う金額を出す
どこかで歓声があがると、大抵それは富豪が大金をちらつかせる時なのだ


「よっぽど儲かってるんだな、このサーカス団」

「どうなんでしょうね? 何しろ実態は謎に包まれてますから」


そう言う小松の顔は、だらしなく緩みきっていた
ややげんなりしたトリコが「顔緩んでるぞ」と言うと、小松は慌ててシャキリと顔を整える

「しかし、この年になってからサーカスを見に来るとは思わなかったぜ」

「てっきりトリコさんも、このサーカスの事知ってるのかと思ってましたよ」

あの日、シュウからチケットを譲ってもらった小松は、すぐにトリコへと誘いの電話をした
大食漢のトリコのことだから、すぐにでも食いつくと思っていた小松にとって
トリコの返事は予想外のものだった

『デリシャスマジカルサーカス団? なんだそれ?』

声からしてあまり乗り気ではなさそうだったトリコに、小松は必死で説明した
見た事もないようなパフォーマンスと猛獣、それに絶品の料理の事
それを言えば電話越しのトリコはすぐに興味を示し、共に行く事を快諾したのだった


「サーカスなんて、子どもん時に親父に連れて行ってもらった一回くらいだな」

「そうなんですか……。じゃあ今日は思いっきり楽しみましょうね!」


わくわくを隠せない表情で、小松はぐっと拳を握った
そんな彼に、そうだな、と笑いを零してトリコは返した
トリコの頭の中では、その一回の頃が蘇っていた



普段は「庭」から出してもらえない自分たちが、一龍に連れられて行ったサーカス
色とりどりの装飾、愉快な顔をしたピエロたち、空中ブランコに火を噴く人
華麗に猛獣を操る調教師に、最後にはお客たちの大歓声
共に行ったココやサニー、ゼブラも楽しんでいたのを思い出す

そして、そこにもうひとり、一番はしゃいで楽しそうにしていた子
今はもう、会う事すら叶わない「家族」


「トリコさん?」


ふと気がつけば、ふたりはもうテントの前までやって来ていた
小松がトリコに声をかけると、我に返ったトリコは「わりいわりい」と顔の前で手をひらつかせた
「どうしたんですか?」と心配そうにする小松に「なんでもねえよ」とトリコは返す

するとふたりの隣に、大きな影がにゅっと現れた


「どわっ?!」

「うわあああ!!」


それは、ゼブラをも思わせるような巨体のピエロだった
白塗りの顔に笑顔のペイント。七色に輝くふわふわの頭には三角帽子が乗っている
彼はふたりの前に手を差し出すと、ひらひらとそれを動かした
すると、そこからぽんと犬の形をした風船が飛び出てくる

「うわ、わっ。すごい!」

「へえ、マジックか」

小松に風船を持たせると、ピエロは首から下げている箱を見せた
そこには「チケット」の文字。小松が慌ててチケットを二枚出し、ピエロに渡す
手早くそれを千切ると、半券を小松に返した
そして中へと、彼らを誘うのだ