と四天王たちの再会から数日
彼らは、のサーカスの公演を見に来ていた
トリコと小松が見た回とはまた、場所が変わっており
やや広い公園内に、テントが張られていた

出店も人も活気づいており、その中を四天王と小松、そしてリンが歩く
彼らが歩けば、周りの人間たちはざわざわと様子を窺う
トリコとゼブラの両手には出店の料理が握られている

「開演前に、に挨拶でもしようか」

ココの提案に、みなが頷いた
メイン会場であろうテントの入口に行けば、トリコと小松にとって見覚えのあるピエロがいた

「マップスさん、ですよね?」

小松が近づき、その巨体を見上げ声を掛ける
笑顔のペイントをされた顔が、ゆっくりと上下する
どうやらトリコたちのことは聞いているようで、テントの後方を指さした
それぞれが、マップスに会釈をすると彼らはテントの後ろへと向かう

裏にあった小屋の扉にはやはり「STAFF ONLY」の文字
トリコがその扉をノックする
すると、シュウの声が扉の向こうから聞こえてくる
それに返事をすれば、扉が開いた

「こんばんは」

シュウが全員を中へと招き入れる
「団長は今、料理の仕込みをしています」とシュウが言う

「じきに仕込みを終わらせてこちらに来ると思いますので、お待ちいただけますか?」

仕込み、の言葉にトリコとゼブラが大量の涎を垂らす
すると小松が目を輝かせ、シュウにあるお願いをした

「あの、シュウさん……厚かましいとは思うんですが、その……」

「どうしました?」

さんの仕込み、見せてもらってもいいですか?!」

体を前に深く倒し、頼む小松シュウはふむ、と考える
シュウもが仕込みをしているのを、きちんと見た事がないな、と
特に来るな、とも言われていない。ならば、彼らが来た事を告げるついでに
仕込みの現場を見せても、構わないだろうと、彼女は判断した

「分かりました。調理場にご案内します。他の方はこちらでお待ち下さい」

シュウが奥の扉へと向かう。その後を、小松が慌ててついて行った



公園の外灯だけが照らす道を、小松とシュウは歩いていた
調理場は先程の小屋よりやや大きい、しっかりとした造りの建物で
扉には同じく「STAFF ONLY」と書かれている
シュウがノックをすると、くぐもったの声が返ってきた

「はーい」

「団長、シュウです。少しよろしいですか?」

彼女が扉を開けると、小松の鼻には芳しい香りが届いた

ふたりが建物の中に入る。彼らを待っていたのは、所狭しと積み上げられた食材と
それに囲まれているだった

「あれ、小松くん。どうしたの?」

「すみません、ボク、どうしてもさんの仕込みを見てみたくって……」

「そっか。でも特に大した事してないから、見てても面白くないと思うよ?」

「そんな事! お邪魔にならないよう、後ろで見てますんで!」

「なんか見られてるって思うと照れちゃうなぁ」

頬を掻いて、それからが包丁を握る
小松とシュウに背を向けて、調理台へと向き直った

が動き出すよりも前に、小松は色々な所を観察していた
至る所に置いてある食材はすでに、丁寧な下ごしらえが済んでいて
並んでいる調理器具は、特別な物はなくどこにでもありそうな物ばかりだ
けれども、どの調理器具も年季が入っている割には綺麗で、がどれだけ大切にそれらを扱っているかを物語っていた

とんとんとん、と音が聞こえてくる
それはまるで音楽を聴いているように思える音で、その心地よさに思わず小松は目を瞑ってしまう
はっと我に返り、の背中を見た
彼女の横に積んである野菜たちが、次々と刻まれ逆側にある大きなボウルへと消えていく
素早く、それでいて丁寧な作業だ、と小松は思った
数人でこなさなければならないであろう量を、たったひとりで
包丁が野菜を刻む音に混じって、の鼻歌が聞こえてくる

この人は、心底料理を楽しんでいるんだ。そして、真正面から食材と向き合っている
そう小松は感じた

どれくらいの時間が経ったのか、小松は分からなかったが、不意に音が止んだ
ふう、と息を吐いてが振り返る

「仕込み終了です」

へへ、と照れた笑いを浮かべて包丁についた野菜くずを、はひょいと口に運んだ
「うん、新鮮新鮮」とシンクでそれを洗い、エプロンで拭いた
キラリと光るそれの根元に「Melk」と彫られているのを見つける

さん、そ、その包丁って……」

「ああ、これ? 昔から使ってるんだけどね、いい包丁でしょ?」

「メルクって……!」

「うん、先代メルクさんの包丁」

見る? と差し出されたそれを、はわわわわわと覚束ない手つきで、小松はそっと受け取った
一見するだけでは、普通の包丁と変わらないそれ
けれども持った瞬間の重量感と、そして溢れる存在感と鋭気
二代目メルクが自分に授けてくれた包丁と、引けを取らない物だとすぐに分かった

「一龍とうさんが誕生日プレゼントにくれたんだ。それ以来、ずっと使ってる」

包丁を受け取る時の目が、どこか寂しそうな目だと小松は思った
けれどもその目はすぐに姿を隠し、ニコリと細められる

「小松くんが来てくれてるって事は、他のみんなも来てるんだよね?」

「はい、今スタッフ小屋でお待ちいただいております」

「そっか、ありがと。行こっか」

「はははは、はい!」

の後を、小松とシュウが追った