ホテルグルメにある小松が働くレストランの厨房では、コックたちが慌ただしく動いていた
今日の予約は小松自らが取ってきた大きなものだと聞かされてはいたが、ここまで忙しくなるとは
どのコックも、思ってもみなかった
どんなに満員になろうとも、ここまで逼迫した忙しさではなかった、と
尋常じゃない人数が来るのだろうと思いきや、聞かされた人数は思わず耳を疑ってしまう程で

「とにかくすごい食べる人たちだから……今日はよろしくね、みんな!」

コック長の頼みとならば、断る訳にはいかない
各々が頷き合い、団結して臨もうと決意した



その頃、すでにテーブルに着き、会話をしている面々がいた

「んだよトリコ、松の試作披露になんでこんな人数がいんだし」

「レストランの関係者とかなら分かるけど、どうしてボクらが招かれたんだい?」

「んな事より早く飯は来ねぇのかぁ?」

「トリコからのお誘いなんてマジで嬉しーし!」

口々に言葉を発する面々に、トリコは笑って先に出された酒を呷っていた
一体どういった志向なのか見当がつかず、トリコに向かってはてなマークを飛ばしていた
彼は腕時計を見ると、そろそろだな、と呟く
それと同時に、レストランの扉が開いた

「お、今日の主役の登場だぜ」

トリコが親指で、入口の方をさす
一斉にみながそちらを向けば、ふたりの女性がそこにはいた

ひとりはシュウで、長い黒髪をアップにし濃紺のスーツを纏っていた
もうひとりは言わずもがなで、薄紫色でサテン生地のイブニングドレスを着ている
シュウは無表情で、はやや照れ臭そうな顔でゆっくりとレストランへと入ってくる

テーブルにいたトリコとゼブラを除く彼らは、思わず立ち上がってしまう
真っ先に口を開いたのは、ココだった


、なのかい?」

「久しぶり、ココ」


テーブルまでやって来て、彼の隣に立つとは笑ってココを見上げた
ココの手を取り「相変わらず、優しい手してるね」と言う
その握られた手は若干震えていて、は顔を上げた


「……随分、進化したみたいだね」

「やっぱりココには分かっちゃうか」


苦笑する。するとココの肩が引かれ、そこからサニーが顔を突き出す
驚いて後ろに倒れそうになったところを、サニーの触覚が受け止めた


「い変わらず、おっちょこちょいなんだな」

「はは、ありがと、サニー」


まっすぐと立つを見て、サニーは爪先から頭のてっぺんまで一瞥する
その動作に、変わらないのはお互い様だね、という言葉を飲み込む
それからサニーは、ふんっと軽く横を向くと「ま、つくしさは及第点じゃね」と苦し紛れの言葉を出す


「ゼブラは、無事に出所して任務もこなしたみたいだね」

「はん、あんな事雑作もねえよ。んな事より、料理の腕は落ちてねぇだろうなぁ」

「もちろん」


今度ご馳走するよ、という言葉にゼブラの裂けた頬から涎が滝のように流れ始めた
それを慌てて拭おうとしたに、何かが突進してくる


ー!!!」

「わっ、リン?!」

「超会いたかったしー! てか今まで何してたんだし! アタシ、超寂しかったんだからね!!」

「うん、ごめんね」

「うう……やっぱりが一番だし……!」


涙ぐむリンの頭を、よしよしと撫でる
それらを終始無言で眺めていたシュウは、そっとトリコに近づき話しかける

「先日は無礼をはたらき、申し訳ありませんでした」

「いや、気にしてねえよ」

「トリコ様たち、団長……の昔の事を聞かせてもらいました」

「そうか」

の体質の事は、ご存じなかったようで」

「ああ。お前は知ってたのか?」

「はい。今の彼女のメディカルサポートも私がしています」

だから注射器か、とトリコは小屋での一件を思い出す
今日すでに何本目から分からないウィスキーを、ボトルごと飲み干す

「確かお前、グルメ界でに助けられたんだってな」

「はい。美食屋として未熟だと理解しておらず、無謀にもグルメ界に入って……すぐに行き倒れになったところを」

「へえ……」

「こんな私を、は受け入れてくれました。だから、今度はその恩を彼女に返そうと」

過去を思い出しているのか、シュウは遠い目をしていた
彼女がどれ程に恩義を感じているのか、そしてどれだけ慕っているのか
口調や、彼女自身から読み取れる感情の機微でトリコは分かった

「てかそこの女の人! トリコに慣れ慣れしくしないでほしーし!」

に抱き着いたままのリンが、シュウを指さし叫ぶ
シュウは一礼すると、とリンに近づいた
近づかれると、自分との体格差、主に身長差に驚いたリンは思わず口を塞ぐ

「失礼しました。私はの運営するサーカス団の副団長をしております、シュウと申します」

「サーカス団?」

「ああ、その話は今からするよ」

表情に影を落としたは、リンを席に着かせ自分とシュウに用意された席に着いた
これから話す事は、すでにトリコと小松にも話している内容である
彼らふたりは受け入れてくれたが、果たして他の面子はどうだろうか
不安を募らせながらも、は口を開いた