恋人だけど、ココとのスキンシップは必要最低限で。
それは彼の体質上仕方のない事だって分かっているし、嫌がりはしないけれど万が一の事があれば傷つくのはココで。
本当は、もっと触れたいし触れて欲しいと思っている。
明け方、まだ夜と言ってもいいくらい暗い時間、私はこっそりココの寝室に忍び込んだ。
気配に敏感なので、とんでもなく気配を消してだ。
一応私も彼らと修行をしていたし、グルメ界でも鍛える事は怠らなかった。
そのお蔭でどうやら彼は気づいていない。控えめな寝息が聞こえる。
そっと、体にかかっているタオルケットをどかして、ベッドに潜り込んだ。
滅多に触れない彼の胸の中に収まる。
その滅多に、というのは要は彼に抱かれている時なわけで。
必然的にその時の事を思い出してしまって、心臓がとてつもない速さで鼓動を刻む。
ぎこちなくココの腰に腕を回す。胸元に鼻を近づけて、すぅっと息を吸いこんだ。
彼の家に泊まる時はお風呂も借りているので、同じシャンプーやボディーソープを使っているわけで。
私と同じような、それでも微妙に違う香りがした。
「え?! ?!」
気がつけばすっかり寝こけていて、ココの驚きの声で目を覚ました。
無理矢理引っぺがすのは気が引けたようで、私の腕は彼の腰に巻かれたまま。
「おはよ」
「おはよう、じゃないよ……どうしたんだい?」
「その……」
「うん?」
意を決して、下からココの顔を見上げて口を開いた。
「今日は、ずっとココに引っついていようと思って」
ぴしり、と彼の顔が固まる。そこから復活すると、困ったような表情を浮かべる。
「……」
「分かってる! 分かってるけど……」
ギリギリ届く両手の指先をなんとか繋いだ。
「ココがすごく気遣ってくれてるのは分かってる。でも本当は……もっとくっついたりしたい」
「……ごめんね」
「ううん。だから、今日だけ。今日だけ我侭言わせて」
目尻に浮かんだ涙を拭われて、ほほ笑んだ。
それから、抱きついたまま寝室を出て。朝食を作ってくれている時も抱きついたまま。
食べる時や読書なんかをしている時は、彼の膝の上に乗って。
さすがにトイレに行く時は離れたけれど。
そんなこんなで一日も終わりを迎えようとしていた。
「そろそろお風呂入るね」
「……」
「ん?」
「今日はずっと引っついているんだろう?」
「え、あ、うん」
「という事は……」
お風呂場へと続く扉の前に立っていた私の所に、ココがやって来る。
まるで魔王様のような笑みを浮かべて、ドアノブを握っていた手に彼の大きな手を重ねられた。
ちゃぽん、とお湯が揺れる音がした。
黄色いアヒルのおもちゃを手の中で転がしている。手の前には自分の両膝があって。
更に私の膝を囲むように、太い脚が伸びている。
横をちらりと見れば、こちらも逞しい腕がある。
「あの……ココさん……」
「なんだい?」
「髪とか、体を洗いたいんですけど……」
「いいよ」
「……目、瞑ってて」
言ってから後ろを見れば、目元を手で覆っていた。
ようやく安心して、湯船から出てタイルの上に足をつける。
椅子を手繰り寄せてそれに座り、シャワーコックを捻って髪を濡らしていく。
シャンプーを手に取り髪に馴染ませて泡立てていって。柔らかいハーブの匂いは充満していく。
充分にマッサージをしてから泡を流して、念入りにトリートメントをする。
それを流して、スポンジにボディーソープをつけて体を擦り始めた。
鼻歌を歌いながら腕を擦っていると、ココと目が合う。
「ええっ! な、なんで目開けてるの!?」
「あれ、気がついてなかったの?」
「気がつかなかった……じゃなくて! 目! 閉じて!」
彼の目元を隠そうと手を伸ばすと、持っていたスポンジを奪われる。
何をするんだろう、と見ていればにっこりと笑いかけられた。その笑顔は魔王様の再来を表していた。
「背中、洗ってあげる」
はい、前向いて、と体を反転させられる。
スポンジがするすると背中を行き来して。その優しい手つきに安心しきってしまう。
「……本当は」
「んー?」
「ボクも、もっとに触れたいんだ」
つつ、と指先が背中に触れた。
それはすぐに離れて、またスポンジの感触がする。
「でもそれ以上に、君を傷つけてしまうかもしれない事が怖い」
小さな小さな声で、うっかりすれば聞き漏らしてしまいそうで。
堪らなくなって振り返り、ココに抱きついた。
「……少しずつ、慣れていこう」
「……」
「ゆっくりでいいから、触れる時間を増やしたりしていこうよ」
「……ありがとう」
背中に回された手は、少し震えていたような気がする。
四六時中引っ付いてみる
Title by Lump「実験」