気がつけば、机を挟んで向こう側に座る彼の、伏せられた睫毛を眺めていた。
難しい言葉が耳には入ってくるけれど、脳に焼きつく事はなくて
陽に当たって輝いている黒髪が、ただただ綺麗だと思った。


「こら、。聞いてるの?」

「あ、ああ、うん。ごめん、せっかくココが教えてくれてるのに……」

「本当に君はすぐに集中力が切れてしまうね」


少し休憩しようか? 叱った後には必ずフォローを入れる優しさ。
いつからだろう、その優しさに惹かれていたのは。

優しさだけじゃない。
いつだって周りの事ばかりを気にする所も、時々物思いに耽っている所も
気がついたら、どっぷりとココのことを想う気持ちに浸かっていた。

もともと仲のよかった友達だったのに、最近ではそれだけじゃ満足できなくて
何かと理由をつけては、ふたりっきりになってみたりするけれど。
今回も、試験勉強を理由に、放課後の教室にふたりだけ。

暦の上では春でも、気温や陽ざしは夏そのものだ。
額に玉のような汗が浮かぶ。
私はそれを気にして、何度もタオルで汗を拭う。
それに反して、ココはとても涼しい顔をしている。
顔を見ても、汗なんて浮かんでない。一体、どういう体の構造をしているのだろう。


「あっつい……。ココは暑くないの?」

「そんなには。何か飲み物でも買ってくる?」

「じゃあ、今日のお礼に私が買ってくるよ。アイスティーでいい?」

「うん」


椅子から立ち上がり、財布を持って軽く走り出す。
そんなに急がなくていいよ、と言うココに、少しでも長くいたいからとは言えなかった。

自販機に小銭を入れて、まずココのストレートティーのボタンを押す。
ガコン、と音をたてて落ちてくる缶を拾って、自分用のレモンティーを買う。

また小走りでココのいる教室に戻る。
もう誰もいない学校は、とても静かで、まるで世界にひとりきりのようで。

なんとなく、廊下からそっと教室の中を覗いてみる。

窓際の、一番後ろから二番目の席に座っているココが、そこにはいた。
風に揺られるカーテン、陽の光がココの白シャツに反射して眩しい。


ココの目は、とても優しく、ノートの上の文字を追っていた。
どうしてそんなにも柔らかくて甘い目なのか、私には分からなくて
なんだか声をかけてはいけないような、そんな気持ちに駆られた。

そんな私の雰囲気に気がついたのか、ココが不意にこちらを向く。


「どうしたんだい? そんな所に立ったままで」

「う、ううん、なんでもない……」

「そんなに長くは休憩できないからね、早くおいで」


手招きをされる。その行為にくらくらとした。
そっと教室に足を踏み入れて、また自分の席に座る。

何も言わないで缶を渡すと、にっこりと笑って「ありがとう」と言われた。
私はただ頷くだけ。
缶のプルトップを開ける音がして、いただきますと言ってからココはアイスティーを飲んだ。


「あのさ……」

「うん?」

「さっき、ノートの何見てたの?」


その言葉に、ココが目を丸くする。


「どうしてそんな事を聞くんだい?」

「なんとなく……」

「……の字を見てたんだ。綺麗だなって」


ノートの上の文字、それは私が書いた数式の羅列。
それを、あんな愛おしそうに見ていたのだと言う。
顔が熱くなる。これは、気温のせいだけじゃないだろう。










二人きりの試験勉強










Title by 瑠璃 「春夏秋冬の恋20題 夏の恋」