「結局、いつも小太郎は勝手にいなくなるよね」


痛む頭を抑えて、機嫌が悪いのもバレないように、なるべく小声で言った。
エリザベスが、無表情ながらも心配そうに私を見ている。
肝心の小太郎は、私の目をじっと見ているだけ。


「それで、やる事が終わったら勝手に帰ってきて。また、どうせ勝手に出て行くんでしょ?」


言葉の端々が切れている。自分の耳に届く、自分の声で分かってしまう。
きっと小太郎も、もう気づいているだろう。


「……は、そうしている事が辛いのか?」


やっとの思いで口を開いたのか、その声が僅かだけど掠れていて。
私は「そうね」とだけ返す。

小太郎は知らないでしょう。
テレビから流れる、攘夷のニュースを聞いて、どれだけ不安に駆り立てられるかを。
手紙さえも届かないもどかしさ、どこにいるのかも分からない。
そんな事で私達は本当に、恋人同士だと言えるのだろうか。
確証がないという事が、どれだけ辛いかを。


「小太郎は、私がずっと待ってくれているって思ってるからいいかもしれないけれど、私は辛い」


もしかしたら、私の知らない所で息絶えているかもしれない。
他の女にうつつを抜かしているのかもしれない。
今この瞬間に傷を負ったかもしれない。
そんな事に思いを巡らせて送る日々が、どれだけ苦しいか。

全ては、小太郎を好きだからこそ生じてしまうもので。
いっその事、一緒に連れて行ってくれればいいのに。


「小太郎の目指すところ、やりたい事は理解してるし応援してるよ? でも、それとこれとじゃ話が違うの」

「……俺は、を愛している」

「言葉でだったら、いくらでも言える。昔だったら、その言葉だけでも大丈夫だったけど……」


テレビや町中で見る、彼の指名手配書。
その度触れたくなる衝動を抑えるので必死になって。

声も触れる感触も、時間が経てば色褪せていくのは仕方がない事。
たとえばそこに愛情があったとしても、誰にも代われない、確かな感情があったとしても。
褪せていくものの時間は、止められない。


「確証が欲しいの。絶対に、何がっても、私の元に戻ってきてくれるっていう」


それこそ欲しいのは、聞き慣れてしまった愛の言葉じゃなくて、約束の言葉。


「……っ辛いんだよ」


泣くつもりなんて、毛頭なかったのに。
じゃあ、この頬に流れるものは何なのだろう。


「泣くな、……」

「私だってっ……泣きたくて泣いてるわけじゃない……っ」

「お前に泣かれると、俺まで辛い」


そっと口付けられる。
抱きすくめられた体が、少しだけ軽くなった気がした。


「これからは、なるべく行き先を告げる」

「連絡先だって、教えてくれなきゃ声も聞けないじゃない」

「そうだな……だが、決してついては来るな」

「……じゃあ、約束して。必ず私の所に帰ってくるって」

「約束する。必ず、何があってもお前の元に戻ってくると」

「……破ったら承知しないんだから」





指切りの代わりにキス




Title by 恋したくなるお題「キスの詰め合わせ」