昼間、廊下ですれ違った際に恋人兼上司の近藤さんに今夜私室に来るようにと言われた。
用件は? と聞いても、とにかく絶対だからな! と言われるだけで、彼はそのまま次の仕事へと向かっていった。
土方さんに確認しに行ったけれど彼も知らないようで。


「近藤さん、明日は朝早いはずなんだが……」

「そうなんですか?」

「ああ」


それでも呼びつけるなんて、よっぽど大切な用なんだろうと。
そうして約束した時間になり近藤さんの部屋へと向かった。


障子を軽く叩き「局長、です」と告げる。
返事の代わりに素早く動く影が見えて、目の前のそれがすっと動かされ彼の顔が覗いた。
首だけを外に出し、横断歩道を初めて渡る子どもみたいに左右を確認している。
そして私以外誰もいない事で安心したように息を吐いた。
なんなんだろうと思った瞬間、腕を掴まれ強い力で中へと引き入れられて。

ふわりと鼻腔に届く、整髪料や汗の混じった彼の匂い。
それは決して不快なものなんかじゃなくて、むしろ心を解してくれる。
障子がぱたんと音を立てて閉じられる。すぐに着流しから出ている両腕に抱かれた。
そうされた事で、ここのところお互いに忙しくてこうして触れ合うのは久しぶりだという事を思い出した。
ほのかに明るい部屋の中で、しばし体温を感じ合っていた。

こうしていつまでも抱き合っていたいと思うけれど、どうして呼ばれたのかまだ判明していない。
だんだん強くなる拘束を不思議に思いながら彼の広い背中をぽんぽんと叩き、名前を呼んだ。


「近藤さん? 用事はなんなんですか?」

「んー……」


眠いような、何かをごまかしたいようなそんな声で。

なぜか抱き締められたまま引きずられるようにずるずると少しずつ移動している。
とりあえず様子を見ていると、明らかに向かう先はすぐそこの布団だ。
まさか、と思って腕の中から彼を見上げれば視線が絡み、先程の声の理由が後者だという事を悟った。

目が合った瞬間、いやきっとすでにその状態だったんだろう。
瞳には熱が灯っていて、ある時にでしか見られない表情をしていた。

まずいまずいまずい! と頭の中で警告音が鳴っている間に、とうとう布団の上に座ってしまう。
足を横に流した状態で腰を下ろし、正面から抱かれたまま。膝頭が近藤さんのある部分に当たっていて、その状態を生々しく感じさせられる。


「あの……近藤さん」

「うん?」

「明日、朝早いんですよね?」

「うん」

「あのですね……私はそろそろ部屋に……」

「ダメだ」


思っていた以上に力強い言葉だった。それがいかに彼が今本気かを示しているようで。
頬は熱いし体は火照っているし、なんだか頭までクラクラしてきている気がしてしまう。
早く脱出しないと、と思っていると肩を抱き締めてくれていた手が、頬へと移動してきた。
少しの力で上を向かされてまっすぐと近藤さんに見つめられる。
彼のその顔が見られなくて、今の私のこの顔を見られたくなくて視線を合わせられなかった。


「なんでこっち見ないんだ?」

「いやぁ、その、まあ……恥ずかしいと言いますか……」

「こっち見て」

「えっ」

「見てくれなかったらこのままだぞ」

「えぇ……」


さらに頬に熱が集まっていく。
このままでもいいかなと思ったり、それじゃあいつまで経ってもふたりとも寝られず明日に響くぞ、と。
ゆっくり眼球を動かして徐々に彼の方へと視線を移していく。
一瞬近藤さんを認識してからすぐに、今度は無理矢理に顔ごとそっぽを向いた。


「見たっ! 見ましたー! 部屋に戻りますー!」


なんとか逃れようとじたばたするけれど、彼の力に敵う筈もなく。
最初の時よりやや強めに向きを変えられる。

唇が重なって、それがすぐに深いものへと変わる。
あまりにも久しぶり過ぎて、今まで自分がどう舌を動かしていたか思い出せない。
そのせいでただひたすら近藤さんのそれに翻弄されている。
彼が腰を寄らせたせいで、それがさらに大きくなっている事を感じ取ってしまった。

ダメだと言い聞かせようとしているのに、数えきれないくらい教え込まれたものに反応してしまい抗えなくなっていく。
舌を吸われてようやく解放された時にはもう、息も絶え絶えだった。
抵抗する気力もなく近藤さんの手に顔を支えてもらっていると、にんまりとした表情が目に入った。


「かわいい」


これでもかというほど砂糖を入れたミルクティーみたいな、そんな甘い響きの声だった。

そのまま布団へと押し倒されて、勢いよく枕に頭が沈む。
一度離れていた手の平がまた頬を包んだ。
近づいてくる近藤さんの顔は普段の局長の顔じゃなくて、完全に男の顔。
この状態になってしまったら、おそらく逃げだすのはもう無理だろう。
何より私自身にも火が着いてしまっていて。


「もしかして、呼んだのって……」

「我慢できなくなっちまった」

「う……」

「……昼間でも所かまわずの顔見ただけで勃っちまってな」

「そ、そーですか……」


とんでもない事をさらりと言われる。
目を泳がせながら、それでも心の中では桃色の花びらが舞っていた。
愛しい人に女として求められる事がこれほど胸を躍らせる事を、私は知らなかった。
彼と出逢って手を繋げる距離にいるようになって、たくさんの事を教えてもらった。


「……嫌か?」


少し顔に影が差して、頼りなさげに眉尻を下げてそう聞いてくる。
そんな事あるはずがないのに、それでも時々彼はこんな顔をしたりする。


「嫌じゃない、ですよ。……嬉しい、です」


私のその言葉がまるでスタートの合図だったかのように、また激しい口づけをされる。

何度も離れては重ねて、その度に唾液が混ざり切ってしまうようなキスを繰り返す。
キスが終わると彼の唇は首筋をなぞりながら下りていって、そして鎖骨の辺りで止まった。
皮膚の薄い場所で、軽くつねられたような痛み。それが三回あって。


「ここなら見えないよな」


満足げに私を見下ろして笑みを浮かべるその様は、お人好しの近藤さんとはかけ離れている。
自分でつけた痕を指先でなぞる。わずかな刺激なのにそれでも体が震えてしまう。
右手はそのまま下降していき、胸の輪郭を確かめるように動く。
周りをいじっていた指が次第に中心へと移動していって。それに期待してしまっているのをバラすように、頂が形を成していった。


「……感じてるんだ?」

「んっ……あっ」


そこを爪先で弾かれて声が出てしまう。
私の反応に気をよくしたのか、起こしていた身を屈めて口元をそこに近づけた。
これから何をされるのか簡単に想像ができてしまい、そのせいで下半身に熱が集まるスピードが急速に上がる。

左手は左胸を柔く揉みながら器用に頂をこねくり回していて、右手は口に含みやすいようにと胸を支えている。
とうとう温い粘膜にそこが包まれて、あられもない声を部屋に響かせてしまった。


「んんっ……っあ、やっ……!」

「嫌じゃないだろ」


転がされながら喋られて、また違う感覚を覚えて喉を晒してしまう。
耳に届くのは、近藤さんがわざと立てているんじゃないかと思うほどの水音。
強く吸われたせいで腰が跳ねる。

すでにはだけていた浴衣の前を開かれる。
そっと下着の中に手が進んでいき、待ちきれないとだらしなくよだれを垂らしているそこに触れられた。


「……すごい濡れてる」

「やっ……言わないで……」

「なんで? 俺はすっげぇ嬉しいけど」


その言葉通りの表情で私を見る近藤さん。けれど手の動きが止まる事はない。
割れ目を擦るように指が上下に動く。その度に淫らな音が嫌でも聞こえてきてしまう。
そうされているだけでも快感の波に呑まれそうなのに、中指の最初の関節が折り曲がり中へと侵入してきて。
バラつきのある動きと付け根で敏感な部分を激しく摩擦されていく事で、あっという間に達する寸前までになってしまった。


「待って、やだっ……イッ、ちゃう……!」

「いいよ。イくとこ見てるから」


そんなところ見ないで欲しいのにと言う前に、その手によって結局言えないまま挙句その姿を見られてしまう。
大きく震えて肩で息をする。治まった直後に指を引き抜かれてまた体が揺れた。

一度達したというのに、体がまだ欲している。指よりもさらに質量のあるそれを。
流れなんて熟知しているはずで、近藤さんだって本当はそうしたいはずなのに。
彼を見れば涼しい顔をして私を観察している。
どうしようもなく恥ずかしくなって、腕で顔を隠した。


「なんで隠すんだよ」

「恥ずかしいから……」

「俺は見てたい」


覆い被さられたのを感じて、腕を退かされる。
重なる事で触れる肌の温度が、開いた顔に何度も降らされる口づけが、否応なしにとっくに高くなっている熱をもっと昂らせていく。
きっとこの人は分かっていてやっている。その証拠に太ももに彼のそれが当たって腰が揺らめいているから。


「……もう、やぁ……」

「もう……なに?」

「……っほし、い」


泣きそうというより、もうすでに半べそをかいていたと思う。
ずいぶんと触れ合ってなくて、やっと重ねたと思ったらおあずけを喰らって。
けれどそれは近藤さんも同じようだった。

勢いよく起き上って着流しを乱暴に脱ぎ放り出す。
鍛えられた体を惜しげもなく晒したと思えば用意していたのか被膜を手早く着け、すぐにまた先刻と同じ体勢になった。
無理矢理と言ってもいいくらいに唇を開かされて、尻に手の平が這う。
刹那、待ち望んでいた感覚が襲い掛かってきた。


「んんっ! んぁっ……!」

「っ、やば……」


重ねている唇の少しだけ開いている隙間からお互いの声が漏れた。
徐々に押し進められていく事で、自分の内側がそれに順応していくのが分かる。
それでも息がしづらくて、水面で呼吸を求める魚のように何度も唇を動かした。

奥まで挿し込まれて一度近藤さんが身を離した。
少しだけ額が光っていてわずかに汗をかいているのが分かった。

彼はじっと私を見ているだけで、それが羞恥心を煽る。
何をしたいのか分からなくてただ見上げていた。

ゆるりと近藤さんが動き、中のものもそれに合わせて壁を擦る。
不意を突かれての事だったせいで、もろに声をあげてしまった。


「あっ! やっ、んぁ!」


だんだんと彼が前屈みになっていくのに合わせて、腰の動きが早くなっていく。
一度達した事で敏感になり過ぎているそこは、しっかりと近藤さんの形を認識していて。
全て出てしまう寸前に入口で首がひっかかる感覚も、先端が奥へと抉っていくのも全てが鮮明に想像できるほど。
実際に味わっている快感と頭の中でぐちゃぐちゃに混ざる映像、それから目の前にある歪んだ彼の顔。


「い、さおっ……」

「……、好きだっ……」

「んっ、わた、しも……あっ!」

「もう、出してもいい、かっ……」

「うん、ちょう……だいっ」


それから何度か大きく抜き挿しされて、奥まで衝かれたと同時に近藤さんの根元が膨らんだのを感じて。
びくびくと痙攣のように震えた後、そのまま顔の両側に彼の腕が降りてくる。
何度か触れるだけのキスをされて見つめあう。


「……ごめんな」

「なんで……?」

「なんか、騙したみたいだったから……」

「大丈夫だよ。その……私も……」

「え?」

「私も、したかったから」


最初はそのつもりなんてなかったけれど、最初に抱き締められた時からだんだんとその気持ちは膨れ上がっていて。
流されたフリをしつつも本当は待ち望んでいたのかもしれない。

そんな事を考えていると、中に入ったままで勢いを失ったはずのそれがまたもや大きくなってきているのを感じた。
そんなまさか、と近藤さんを見ればバツの悪そうな笑みを浮かべている。


「え……ちょっと、待って……」

「ゴム替えなきゃなぁ」

「替えっ……んぁ?!」


抜かれたせいでまた声が出て、横になったまま彼の行動を見た。
こちらに背を向けてこじんまりと何かをしている。
すぐに振り返ったと思うとと飛びかかられて。


ちゃーん!」

「やっ、ほん、と待って! そんな、二回もなんてっ……!」


言葉が続かなかったのは、一気に貫かれたから。


「ゴムなくなったら、生でしてもいい……?」


その言葉通り受け取るなら、一体私はあと何回啼けばいいんだろう。
甘えるような、それでいてしっかりと雄の顔をしている近藤さんを見ながらそんな事を思った。





禁断症状中のケモノ