身長だって高いし、顔だって普通にしていればそこそこいい筈。
高収入にお人好しが玉に傷だけど、人柄だって万人受けするのに
どうして、この人はいつまで経ってもひとりなんだろう。


「近藤さん」


前に立つ、見慣れた背中に声をかける。
「ん? なんだ」とその男らしい声で名前を呼ばれる度に、頭はクラクラして
それから、胸はとても苦しくなる。


「今日はお妙さんの所には行かないんですか?」

「ああ、今日は行かないよ」


笑いながら言う近藤さんの頬には、昨日できた新しい傷がある。もちろん、作ったのはお妙さんだ。
ちなみに、真夜中に帰って来た近藤さんのその傷の消毒をしたのは、私。
小さな傷なのに、もっと大きな傷を作った事があるくせに
痛い! 痛い痛いっ! と涙目になりながら、近藤さんは私に消毒されていた。


「何でですか?」

「何でって……は俺が屯所にいちゃ嫌なの……?」

「だって近藤さん、いっつもお妙さんの所に行ってるから」


いないと思ったら、やっぱり。って事は日常茶飯事で
昨日も土方さんが呆れて近藤さんの仕事である書類処理をしていた。ので、私もお手伝いした。
そしたら土方さんは「今度絶対に何か奢ってもらうぞ」と言っていた。

そうやってほとんど毎日、毎時間をお妙さんに費やしている近藤さん。
正直、その時間を他の女の人に向けたら、ずいぶんモテるだろうにな、と思って一度だけ忠告した事がある。
そうしたら、近藤さんは苦笑いでこう言った。


「んー、俺はたくさんの女の人にモテるより、自分の好きな人に好きになってもらいたいから!」


なんだ、この三十路近いおっさんが、何言っちゃってんの? と思って怪訝そうな顔したら
近藤さんは「そっちの方が素敵でしょ?」とまた笑った。
だから「でも私はモテますよ」と皮肉めいた事を言った。
そうしたら、近藤さんは「どこのどいつそれ?! 俺許さないよおおおぉぉぉっ?!!」と
まず第一に近藤さんが許しても、土方さんや片栗粉のおじさんが許してくれないと思う。
ほら、私箱入り娘だから。自分で言っちゃうけど。


「いて欲しくない、なんて思ってませんよ」

「……本当に?」

「本当に」


そう肯定したら、ちょっとだけ近藤さんの顔が明るくなった。
この人のこういう瞬間が、すごく好き。


「で、なんで今日は行かないんですか?」

「いや、ね。この前買い物に行ったら福引やってて。それで、これ当てたんだ!」


近藤さんの広い背中から姿を、ひょっこりと現したのは大きな花火セットだった。
何を自慢げに。と思ったけど、またそんな顔しようもんなら、すぐにいじけちゃうから
「わあ、花火だ。懐かしいですね」と平凡な相槌を打った。


「それで、こういうのって季節のうちにやった方がいいじゃん?」

「そうですね」

「だから今日、皆でこれやろうと思ってさ!」


意気揚々と、楽しそうな雰囲気を醸し出す近藤さん。
こういうところが子どもっぽくて可愛いんだよなぁ、と思いつつ
そんな子どもっぽい近藤さんに、水を射す一言。


「でも、今日ほとんどの隊士が出払っちゃってますし、残ってるのって私くらいですよ?」

「え? な、なんで?」

「天人の護衛があるから」

「えええええええェェェ?! 俺知らないよっ?!」

「だって昨日土方さんが処理した書類の中に、申請書があったんですもん」


途端に、萎れた花みたく目の前で近藤さんは落ち込んだ。
面白い。この異常な早さの落ち込み加減はいつ見ても面白い。
今日の護衛する天人は、そんなに重要人物でもないし
つきっきりじゃないとまずいわけじゃないから、土方さんに
「落ち込む近藤さんを慰めるのは一番お前がうまいから、お前は残れ」
と言われて、こうして屯所に残ったわけだ。


「私だけじゃ、ダメですか?」

「へっ?」


この短時間で、どうしてここまで濡れるんだろう、と思わせるくらい
近藤さんは顔と頬を、涙と鼻水でベショベショにしていて
そんな近藤さんに近づいて、座って。ポケットからタオルを出して拭いてあげた。


「……うひょ、……くすぐったい」

「我慢して下さい。もう、なんですぐ泣いちゃうんですか」

「……だってさ、仲間外れは寂しいじゃんか」

「仲間外れじゃないですよ」


本当は

皆、近藤さんが寝る暇もない事を知っている。
確かにお妙さんに費やしている時間もだいぶ無駄だけど、それを差し引いても、彼はとても働き過ぎているから
だから、これは隊士みんなからのちょっとした夏休み。


「……帰ってきたらみんなにお礼言わなくちゃなぁ」

「ほっぺた赤いですよ」

「マジで?!」

「……それに、私がいるじゃないですか」


膝と膝を突き合わせて、まっすぐに近藤さんを見据える。
近藤さんはちょっとキョトンとすると、そうだな! って笑顔で私の頭を撫でた。


「花火だって、何だって……一緒にしてあげます。仕事帰りもお妙さんに作られた傷も……全部請負ますよ」

?」

「近藤さんが、寂しいって思う時、絶対に傍にいてあげます」


近藤さんの大きな両手を握って、前後に少しだけ揺れる。
そしたら近藤さんは慌てて、照れながら「……ど、どうしたの?」とどもって
どうもしない。だって私はいつだって、あなたにこうしたかったんだから。
私より遥かに大きな手の平は、心なしか少しずつ温かくなっていく。

大好きだよ。そうやってすぐに照れてしまうところとか
ストーカーをするくせに、意外と初心(うぶ)だったり純だったりするところも。
お人好し過ぎるその性分も、赤くなったほっぺたも。


「近藤さん?」

「は……はひ?」

「大好きですよー」


驚いた顔、もっともっと赤くなるほっぺた、もう温かいを通り越して、熱い手の平。
あ、とか、うぅむ、とか。何を言っていいか悩んでるその姿も
時々見せる凛々しい横顔も、本気で怒ってくれるその声も
きっと、きっとね。あなただから全てが愛おしいの。
一万人のいい男がいたって、私はあなたじゃなきゃダメだから。


「……俺はさ」

「はい」

「やっぱりまだ、お妙さんを諦められないし」

「そうですねぇ」

「これからも、ストーカー……って自分で言ってて情けないな」

「今更じゃないですか」

「……ちょっとヘコんだ。まあ、お妙さんを追いかけるだろうし」

「ふーん」

「でもな、ズルイかもしんないけど、本当に都合がいいかもだけど」

「うん」

に……隣にいて、欲しい……です」


今度は私が驚く番。
へへ、と完璧茹でダコ状態の近藤さんは、ぎゅ、と私の手を握り返した。
夢かな? と思ったけど、夢じゃないんだな。と思ったのは、近藤さんが強く握ってくれている手の平のお陰で
こんなに幸せでいいのかな、と思う。


「目、瞑りましょうか?」

「俺が?」

「そうですよ」

「こう?」


ちょっと赤みが引いた近藤さんは、はにかみながら目を瞑った。
そっと、少しずつ近づいて。唇を重ね
もっと私を隣に置きたくなるように、って。そう思いながら。

きっとね、始まりは単純だったんだ。





















ただ、そう思ったの。だから、私が隣にいてあげたいって。



Title by インスタントカフェ