もう暦は春なのに、地面はほんのり冷たかった。
息をする度、ひゅう、と鳴く私の体がだんだん重くなるのを感じている。
いつもあの人に言われてたのに。
「俺達は常に死と隣り合わせなんだぞ」って。
ああ、あの人は今日も想い人を追いかけてるんだろう。
今にも死にそうな私のことなんて、頭の隅にすら置いてくれないで。

ごふっ、と咳き込んだら、口の中に鉄の味が広がった。
無残に切られた髪の毛の残骸が、反転した視界にチラホラと舞っている。
テレビでよくやるサスペンスドラマとかの、腹を刺されるシーン。
まさか本当に自分の身に起きるとは、どこかで思っていなかったのかもしれない。

遠くの方で、サイレンの音がした。
人の走る音、怒声、それから見覚えのある顔がそこにはいた。


「……ふ、く……ちょ?」


珍しいくらいに顔色を悪くしたその人を見て、笑いたくなった。
だって彼の顔はまるで、私が死ぬような、そんな瀬戸際にいる事を語っているようだったから。



焦ったような声でトシから電話がかかってきた。が危ない、と。
一瞬何の事か頭が理解しなくて、ただトシの怒鳴る声を聞いていた。
ほんの数メートル先にはお妙さんがいて、彼女は相変わらず美しくて。
だけど、頭の中に浮んでいて自分の目の前にいたのは、無邪気に笑うだった。

携帯を握り締めたまま、教えられた病院に行くと、隊士のほとんどがそこにはいた。
「お前ら仕事はどうしたんだ」とは言えなくて。それは自分も同じだったから。

一番奥のソファにトシと総悟がいて。
顔色を悪くしたトシと、必死に堪えているけれども本当は今にも泣きそうな総悟。
そこからまるで、参列のように立っている隊士達。
中には顔をグシャグシャにして泣いている奴らもいる


は?」


自分でも驚く程窪んだ声に、トシが顔を上げた。


「……手術中」


言われなくたって、煌々と通路を赤く染めているランプがそれを教えてくれている。
「そうじゃなくて」と言いかけたら、ずっと泣いていた山崎が
「刺された傷と、斬られた傷が深くて……最善は尽くすけど本人次第だって……」と
まるで怒られた子どものように、呟き、また泣き出した。

どうしてこんな事に? と問うと、隊士の一人が、状況を話し出した。

見廻りをしている時に、過激派の攘夷志士を見つけた事。
その人数の多さから、自分とだけじゃ間に合わないと判断して、他の隊長を呼びに行った。
戻ってきた時にはもう、攘夷志士もも倒れていた、との事で。


「攘夷志士は全員捕縛しました。そのどれもが峰打ちで……」


いつだったか、が言っていた。
「斬られて痛いのは皆同じ。悪党にも死んだら悲しむ人がいるんだよ」
そんなに俺は確か「俺達は常に死と隣り合わせなんだぞ」と教えた気がする。

死、という言葉が頭の中を駆け巡ったと同時に、自分の両手が震え出した。

今目の前で、の命が消えるか消えないかの境にある。
俺はそれを、ただ見ている事しかできなくて。
もしかしたらこのまま、二度と彼女の笑顔を見れなくなるのか、と。

歯を食い縛って、一生懸命他の事を考えようとしても。
それこそ、不謹慎なくらいお妙さんのことを想っても。
震える指先も零れ始めた涙も、止まる事を知らなくて。
ただただ、今空前の灯火にあるの命が、この世に繋ぎ止められておくように祈る事しかできない。

こんな時に気づくなんて。本当の想いに。

ずっと当たり前だと思ってたんだ。の笑顔が傍にある事を。
きっとこの先も、お前は隣で笑ってくれていると思っていたから。
局長って俺の大好きな声で、俺を呼んでくれるって。


局長


ふいにそうに呼ばれた気がして、泣いたままの顔を手術室に繋がる扉へと向けた。
煌々と廊下を照らしていた赤いランプが、消える。
それを合図のように、座っていた隊士達が我先にと扉へ群がった。
重い音を奏でて両開きの扉が開く。中から真っ赤なの血で、手術着を汚した医者が出てきた。


「あいつはっ?!」


トシが慌てたように詰め寄る。その間、俺はただ立ったまま


「すごい生命力です。一度心臓が止まったのですが、まるで誰かに呼ばれたように再び動き始めました」


静かな廊下に、隊士達の野太い声が木霊する。
総悟は見られないように涙を拭って、他の奴らなんか嬉し泣きでひどい面構えになっていた
腰の力が一気に抜ける。トシがそんな俺に気がついて駆け寄ってきた。


「……ったく、心配かけさせやがって」

「よがっだ……!」





切ない音に今気がついた





こんな涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔だけど、、お前が起きたら真っ先に伝えようと思うんだ(お前が大好きだって)