初めて見た時、心臓の後ろ側が跳ねた感覚を覚えた
二度目は声を聞いて、耳に心地よく響いた
三度目、偶然触れた手の平が温かくて

会う度に、惹かれていった
まるで、運命みたいに



雲一つない快晴の日、昼時となれば定食屋は大忙し
目が回る程、くるくると席の間やお客さんの間を縫うように歩く

気がつけば、お客さんがある程度ハケる時間に差し掛かる
すると、背を向けていたお店の引き戸が開く音がした

振り返り、笑顔で「いらっしゃいませ」と
そこに立っているのは、私の想い人

「近藤さん! いらっしゃいませ」

「こんにちは! 今大丈夫?」

「はい。こちらの席にどうぞ」

空いている席に案内する。ニコニコと席に着く近藤さんに「いつものでいいですか?」と聞く

「おう、頼むよ」

厨房の店長にオーダーを通して、お冷とおしぼりを持っていく
ほかほかのおしぼりを、広げてから渡す
そんな些細な事にも「ありがとな」って言ってくれるのが、くすぐったくて
思わず綻んでしまう



近藤さんが初めてこのお店に来たのも、よく晴れた日だった
その時は部下の人も一緒で、着込んだ隊服にちょっと気圧され気味で
でもすぐに見せてくれた人の好さそうな笑顔に、ホッとした

それから、ちょくちょくお店に来てくれるようになって
いつの間にか、私のことも覚えてくれた時は、飛び上がってしまいそうな程、嬉しかった
さん、がさんになって、それがちゃんになるのには、そうかからなかった



近藤さんの定食が出来上がって、それを席まで運ぶ
「お待たせしました」と湯気のたつそれを置けば「今日も美味そうだ」とニッコリ


「あのさ、ちゃん」

「はい?」

「今度の日曜、空いてたり……する?」


首を傾げて近藤さんを見れば、太陽に少し焼けた頬がなんだかピンク色で
「空いてますよ」と返せば、安堵したように息を吐き出した


「こ、これ! たまたま、本当にたまたまなんだけど、人から貰って! よかったら、その、一緒に行ってくれねえかなァって!」


胸元から差し出されたのは、映画のチケット
丁度観たいな、と思っていたラブコメだ
チケットを見て、それから近藤さんを見て、またチケットに目を向けた
事態を飲み込むと、頬に熱が一気に集まる


「あ、う、その……私で、いいんですか?」

「うん。貰った時、ちゃんの顔が浮かんでさ。あ、深い意味とかないからね?!」


風の噂で、と言うより実際の現場を見た事があるのだけど
彼には確か、ストーカーしてしまう程好きな人がいる筈で
その人に断られたのかな、だから私なのかなって。もちろん、それでも嬉しい事には変わりはない
でも、そうじゃなくて。彼は最初から私を選んでくれた
深い意味がなくても、私は今すぐに天にも昇りそうな気持ちだ


「行きたい、です」

「ほんと?! マジでいいの?!」

「はい」


椅子から立ち上がって、やったー!! とお店中に響く声で喜ぶ彼がますます愛おしくて
じゃあ映画館の前で待ち合わせね! と、私の手にチケットを握らせる
その手が思いの外熱くて湿っていたのは、緊張していたから、って思っていいのかな
何を着ていこう




日曜日、これまたいいお天気に恵まれた
とっておきの着物に、いつもはひとつに結っている髪も下して
濃くなり過ぎないよう、気を付けていつもより時間をかけてお化粧もした
鞄の中にはチケット。それから、近藤さんの番号とアドレスを登録した携帯電話
足がいつもより軽くて、空に飛べそうな程


映画館に15分前に着くと、近藤さんはもうそこにいた
慌てて「お待たせしました!」と近づくと、いつもの笑顔で「大丈夫だよ」と


「そんなに早く来た訳でもねえし、それに、ちゃんが来るの待ってるの、楽しかった」


その言葉に、ボッと顔が赤くなる。ハテナ顔の近藤さんから顔を背けて、鞄で隠した


「どうした?」

「……なんでもないです」


早く入りましょう、そう言って袖を引っ張った

館内で飲み物とポップコーンを買って、ついでにパンフレットも手に入れた
「好きな女優さんが出てるんです」と言えば「そうなんだ」とまた笑う

席に着くと、思っていたよりも距離が近くて、映画が始まる前から心臓が
気づかれちゃうんじゃないかってくらい、うるさい
紛らわすために、パンフレットを広げたらにゅ、と覗き込まれる


「どれが好きな女優さんなんだ?」


頬に触れるツンツンとした髪。見上げられる澄んだ切れ長の目
どうしてこの人はこんなにも、私の心臓を忙しなくさせるんだろう

「……この人です」と指をさせば「おお、俺も見た事あるぞ」と

「初主演のやつ。なんだっけなァ……」

「『Oh! My destiny』ですか?」

「それそれ。俺はそれが一番好きだな」

「私も、それが一番好きなんです」

なんて事ない共通点に、こんなにも嬉しくなって笑ってしまうのは、この人だから
小さな温もりが、じんわりと胸の中を広がっていく

ブザーが鳴って、照明がだんだん暗くなっていく
大画面に色んな映画の予告が流れて、ついに本編が始まった


主人公はどこにでもいる、普通の女の子。彼女が好きになったのは、職場の上司
振り向いてほしくて色々頑張るんだけど、あまり経験のない彼女は失敗ばかり
その失敗がどれも可愛らしくて、面白くて。場内では所々で笑い声があがる
自分より可愛いライバルに、応援してくれるのにすれ違ってしまう友人達、思わぬところに自分を想ってくれる男の子

ラストシーン、彼女がやっと気づいたのは、ありのままの自分で気持ちを伝える事の大切さ
必死に、たどたどしいながらも、ひたむきな想いを上司に伝えるシーン
その姿があまりにも美しくて、思わずホロリと落ちる物があった
そっとバレないように目元をハンカチで拭うと、隣からぐすっ、と鼻をすする音がした
ちらりと窺えば、近藤さんは暗がりの中でも分かるくらい真っ赤な目で、涙を零していた

綺麗な涙だと、思った
握っていたハンカチを、そっと手渡す
触れた手が、少しだけ震えていたのは気のせいだろうか



「あー、情けねえとこ見せちまったな」


終わって映画館を後にした。今はオレンジ色の帰り道を、ふたりで歩いている


「私も同じ所で泣きましたよ」

「本当?」

「はい」


そっか、とまだ赤い目を細めて、鼻の頭を小さく掻いている

今日一日で、またたくさん彼を好きになった
似ているところを見つけられた。涙脆いところを知った。気遣いを気づかせぬようするところも
底なしにどんどん惹かれていくのを、止められそうにない

横顔を見つめれば、わざわざこっちを向いてくれるところも
「どうした?」って聞いてくれるやさしさも
溢れてくる愛しさが、目に膜を張らせる


「――き、です」

「ん?」

「私、近藤さんが、大好きです」


誰もいない土手道。空はオレンジ色。遠くから子ども達のはしゃぐ声が届く
驚いたように振り返る近藤さん


「いつもお店が混む時間を避けて来てくれるとことか、なんにでも感謝できる心とか」


挙げ出したらキリがない程、心の中は彼で溢れている
新しい一面を見つける度、宝物が増えていって
でもきっとまだ、彼には私の知らない面があるんだろう
いいところも、悪いところも。それすら、いとおしくて


「たくさん、好きなとこがあり過ぎて……本当に、大好きなんです」


細めた目から、ぽろりと涙が落ちる


「あなたを好きになれて、本当に、私はしあわせです」


こんなにも人を好きになれるという事
その人を想うだけで、なんでもできるような気になれてしまう
何よりも幸せになってほしくて、笑っていてほしくて
たとえばそれが、自分の隣でなくても

オレンジ色に照らされているのに、顔が真っ赤になっている近藤さん
そっと近づいて、手を握られる


「……こんなちっちゃい手で、色んな人に幸せを届けてるとこ」


私の手を包んでしまう程大きな手。それが少し震えている


「なんにでもまっすぐで、ころころ変わる表情」


赤いまま、笑って私を見る近藤さんに、また視界が歪んでくる


「とにかく全部、ちゃんっていう存在が、俺は好きだ」


夢じゃない。手から伝わる温度がそう教えてくれる
奇跡みたいな現実に、立っていられなくなりそうなくらい、湧き上がる幸福感


「俺と、一緒にいてくれますか?」


何度も頷く私を、彼はそっとやさしく、包み込むように抱き締めた






Oh My destiny





きっと、好きになるのは運命だったんだ










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