沖田隊長に告白の練習相手になってもらった日、そうして近藤さんに誤解された日から
明らかに彼は、私を避けていた。
土方さんになんと言ったのか知らないけれど、見廻りの班分けが一緒にならない。
屯所の中ですれ違っても、軽い会釈だけで声をかける事すら許してくれない。
目も合わせてくれず、思い切って声をかけても「忙しいから」の一言で、行ってしまう。

日に日に募っていくのは、あの時どうしてちゃんと本当の事を言えなかったのか、という自責の念。
それと、近藤さんの中で私は、簡単に切り捨てられる存在だったのか、という事。
その事実が、何よりも悲しかった。

見ていれば、近藤さんは沖田隊長にもよそよそしかった。
仕事の上で私より深く関わる事のある二人だから、全くの無視、という訳にもいかないらしく。
たどたどしくではあるが、近藤さんは沖田隊長と話をしている。
それすら羨ましいと思ってしまうのは、もはや無駄な事だと思う。



***



「おい」


そうやって後ろから声をかけてきたのは、沖田隊長だった。
はい、と返事をして振り返れば、バツの悪そうな顔をしている。


「……かったな」

「はい?」

「悪かったなって言ってるんでィ」

「ええ?! 沖田隊長が、謝罪の言葉?!」

「叩っ斬られてェのか」

「嘘です、冗談ですよ」


へら、と笑うと、彼は居た堪れない、といった表情を浮かべる。
無理して笑うな、と言われるけれど、どうしようもないのだ。
笑っていないと今にも泣きそうなんだ。


「……あのな」

「はい」

「近藤さんのことなんだが」

「あー! そうだ、私今日厠掃除だったんだ!」

「おい、ちょっと人の話を聞けってんだ」


後ろを向き走り出そうとした私の襟首を、容赦なく掴んで引っ張る沖田隊長。
ぐえ、と変な声が出て、涙目になりながら彼を睨んだ。


「……もう、いいんです」

「何がだ」

「もういいんです! 近藤さんのことは諦めます!」

「……はあ?」

「誤解されて、あんな態度とられて……脈なしどころの話じゃないじゃないですか!」


睨みつけている瞳から、ぼろぼろと情けないくらいの涙が溢れてきた。
今まで我慢してきたものが決壊して、零れ落ちる。


「好きだけど……! 好きだからこそ辛いんです! もう嫌なんです、傷つくのは!」


そう言って、隊長の力が緩んだのを見逃さず、脱兎の如くその場を逃げるように去った。
沖田隊長のおい! という声が聞こえたけど、それすら聞き入れたくなくて。
屯所の端の方まで逃げると、膝に手をついて息を整えた。


「……はあ……」


情けない、本当は諦める事すら無理なくらい、近藤さんのことがまだ好きなくせに。
本当に、諦められたらどんなに楽だったろう。
止まらない涙を拭って、顔を洗うために厠へと向かった。



***



夜、夜明けも近い薄暗い時間。私は目を覚ました。
ここのところ、いつも近藤さんの夢を見る。
それは一緒に笑い合った時の事や、酔っ払って抱き締められた時の事や
とにかく彼にまつわる嬉しい出来事が、何度も夢の中で反芻されるのだ。
それが辛くて、無理矢理起きてしまう。

布団を退けて、思いの外喉が渇いている事に気がついて、立ち上がった。

台所に向かう途中に、近藤さんの私室がある。
通りたくはないけれど、通らなければ目的の場所に辿り着けない。
ため息を吐いて、とぼとぼと歩を進める。

なるべく音をたてないように歩く。
すると、人の気配を感じて、思わずそこで足を止めてしまった。
ちょうど、壁が遮っていて相手には私の存在が気づかれていないようだ。
ここは近藤さんの私室の近くの廊下。まさか、と思いながら、そっと様子を窺った。
案の定そこにいたのは、廊下に座る着流しの近藤さんがいた。
その隣には、どこからかやってきたのか、首輪をした白猫がいる。

近藤さんは、その猫の喉を優しく撫でている。
猫もそれが嬉しいのか、ごろごろと甘えたような仕草をしていて。

あんな風に、素直になれたら、どんなによかっただろう。
じわじわと溢れそうになる涙を、ぐっと堪えた。

彼は猫を抱え上げ、猫はされるがまま、体を伸ばしている。


「お、お前オスだったのか」


まるで返事をするように、猫がにゃーんと鳴いた。


「て事は、いつも一緒にいた黒い方はメスか? 最近見ないが、もしやお前も……フラれたな?」


すると、白猫がべしっと近藤さんの顔めがけて猫キックを披露した。
それは綺麗に彼の顔の中心に命中して。
思わず笑いそうになってしまったのを、我慢する。

猫はそのままいなくなるかと思いきや、また近藤さんの隣に座り直した。
まるで、彼の話の先を促すかのように。
それに応えるように、近藤さんも話し始める。


「好きだって気づいてすぐに失恋なんて、本当に俺は恋愛、向いてないのかもなァ……お妙さんの時みたく、なりふり構わずアタックできてれば、少しは違ったか?」


にゃーん


「はは……でもなァ、あいつの困った顔や泣きそうな顔は、もう見たくねェんだ。あいつには、ずっと笑ってて欲しいんだ、たとえ、俺じゃない奴の隣でも」


にゃん


「諦めるのは、当分無理そうだ。なんだって、今夜も夢に見ちまったからな、のこと」


そう言う近藤さんの横顔は、今にも泣きそうで。
猫はそんな彼の顔を見上げていた。
私は、ただ近藤さんの言葉に驚いていた。

あまりの事に理解できる許容範囲を超えてしまったようで、一生懸命今までの言葉を思い返していた。
どう考えても、あれはきっと私のことを言っていて。そうすると、近藤さんの新しい想い人は私となる訳で。

これは、神様がくれた最後のチャンスなのかもしれない。

そっと、足を出して、彼の顔がちゃんと見える所まで出て行く。
白猫が先に私に気づいて、ひと声鳴くと、ととっとどこかへ行ってしまった。
気配は特に消していなかったから、彼はすぐに私のことに気がつく。

目を開いて、それからよそよそしく「……か」とだけ言うと、そそくさと部屋の中に戻ろうとしてしまう。


「待ってください」

「え?」

「大事な話が、あるんです」


口から心臓が飛び出るという心境は、こういう事なんだとどこかで思った。


「ど、どうした?」

「聞いてくれますか?」

「お、おう」


どぎまぎした態度、傷ついた近藤さんの顔がフラッシュバックする。
たくさん、色んな感情を教えてもらったのに、私はこの人を傷つけてばかりだったのかもしれない。

彼の気持ちを知ってから告白するだなんて、本当に狡い事だし、情けないけれど
最後のチャンスを、無駄にはしたくない。


「私、近藤さんが……好きです」


胸元を握っていた両手に力が入る。
顔は熱いし、動悸も呼吸のしづらさもすごい。頭もくらくらする。
でも、目はしっかりと彼を見つめていた。


「え……? へ、は? えっと、が、俺を、好き……?」

「はい、近藤さんが、好きです」

「え、ちょっと待ってくれ、だってこの前、総悟に好きだって、あれ、ええ?」

「誤解だったんです。隊長には近藤さんの代わりをしてもらっていて……」


暗闇でも分かるくらい、みるみるうちに近藤さんの顔が赤くなっていく。
それから口元を手で覆って、その目には涙のような物が光っている気がした。


「本当に、本当か……?」

「はい」

「……もう一回、言ってもらえるか?」

「私は、近藤さんが、大好きです」


この言葉を口にする事が、あんまりにも幸せで、自然と笑みが浮かんでいた。
口元を覆っていた手を、後頭部にやって「参ったな……」とぽつりと呟いた。


「あーその、なんだ……

「はい」

「抱き締めても、いいか……?」


頷くと、即座に抱き締められた。
いつだったか、彼への気持ちを自覚した時と、また違う感覚で
そっと、広い背中へと両手を這わす。
私の肩を抱いて、そこに顔を埋めている近藤さん。


「夢じゃ、ないんだよな……」

「そうです、夢じゃないです」

「よかった……」


心底安心したような声で、それに反応して涙が零れた。










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