私の知っている局長は、こんな人じゃない。
目の前で、私のことを押さえつけている一人の男の人を見て、頭の中で巡る思いはそんな事だった。
「……きょ、く……ちょ?」
いつだって、隊士の中心で太陽みたいに笑っていて。
女の私にだって、分け隔てなく接してくれる。
そんな、絶対的存在の筈なのに。
おかしい、おかしいよ。こんなの。
腕を捻ろうにも、局長の片手で両腕は抑えられている。
脚を上げたくても、局長の脚で挟まれている以上、動かす事ができない。
鼻の奥が熱くなって、喉が痛くなって、全身が震える。
はらはらと流れ出す涙が、今、私の恐怖心そのものを表していた。
「離し、て……!」
「嫌だ。離したら、またお前はどっか行っちまうだろ?」
彼の想い人は決して私なんかじゃない、筈だ。
どこかのキャバクラの、綺麗な人だと聞いていた。
じゃあ、どうして彼は今、私のことを、こんなにも熱を持った目で見ているのだろう。
障子を一枚隔てた向こう側で、山崎さんのことを怒る副長の声がして。
声を張り上げれば、助けてもらえる
思いついた事を行動に移そうとした時、唇が塞がれた。
「んっ……!」
苦しくて瞳を強く閉じる。
それでも、容赦なく攻め立てるのは局長の舌。
怖くて、悲しくて、苦しくて。どんなに暴れても止まらないそれは
どうしてだろう。すごく哀しい感覚する。
離れる唇を潤しているのは、お互いの唾液。
「声、出しちゃダメだろ?」
「なっ……」
「こんな所見られたら、俺も……の大切な真撰組だってどうなるか分かんないよ?」
普段と同じ、優しく笑う顔が嫌だ。
「人でなし」と小さく罵っても、局長は「それでもいい」と。
「が、他の誰かのものになるんだったら、こうやって傷つけて嫌われてた方が、俺はいい」
「どう、いう……意味ですか?」
「ただの優しい上司でいて、いつか忘れられるなら、たとえ嫌われていても……お前の記憶に残る方がマシなんだ」
ゆっくりと下降してくる局長の顔が、歪んで見えた。
瞳の端から、恐怖の涙とは違う涙が流れ始めて。
「……馬鹿、ですよ」
「うん、馬鹿でごめん」
相変わらず拘束されたまま、行為が始まる。
荒いキスは、それ以上に荒い息にかき消されて。
頬に落ちる汗が私の物なのか、局長の物なのかすら判断できない。
胸の真ん中にある突起を摘まれて、跳ね上がる私の体に局長は舌を這わす。
いつの間にか二人とも、何も着ていない状態で。
一度だけ、見た事のある局長の裸体が目の前にあって、目を逸らしたくなる。
背筋を走るのは背徳と、罪悪感。
声を聞かれないように、外に漏れないように、必死に唇を噛み締める。
なのに、局長はそんな私にキスを強請ってくる。
「声、聞かせて」
「っ……やぁ……!」
舌で抉じ開けられた口から放たれるのは、聞きたくない自分の嬌声。
口を舌で割られて、体中を火照らされて、指で慣らされる。
あげる啼き声が、掠れて聞こえない。
しつこいくらいの愛撫に、体が反応して。
耳元で囁かれたのは「そろそろ挿れるよ」なんて。
今更優しい言葉なんて、いらないのに。
どうして「大丈夫?」なんて聞いたりするの。
嫌われたいのなら、もっと酷くすればいいのに。
刀に斬られるような痛みじゃない、もっと身を裂かれるような痛み。
激痛に近いそれを、受け止め切れなくて。
「やあっ……! あ、あ……そんなのっ……はい、んないっ!」
「きつっ……、力抜いてくれっ……」
「む、りっ……! や、ぅっ……んっ!」
全てが中に入りきる前に、泣いてしまう。幼子のように。
痛くて、痛くて。何よりも局長の表情が、哀し過ぎて痛い。
声を漏らさないようにするために、局長の唇に噛みつく。
行為の途中で自由になった手の平で、彼の顔を掴んで
自分から入れた舌に絡まるのは彼のもの。
局長は、いつの間にか律動を始めている。
繋がったままの、唇から引っ切りなしに小さな音が出てきて
飲み下せない唾液が、首を伝うのが分かった。
「やばい……俺、もう……っ」
「ふあ……っん、はっ……!」
一度大きく呼吸をするために離れた唇から、聞こえた声はもう追われているものだった。
ぱんっ! と大きくした音と共に私の意識は、遠くに飛ばされた。
半分しかない意識の中で見えたのは、私のことを優しく抱きかかえたまま、泣いている局長だった。
馬鹿みたいに、子どもみたく、泣きながら「ごめんな」って。
これから、私達はどこに行くのだろう。
行く先の分からない気持ちだけを抱いて。
きっと日常には戻れない
捩じ込んだ塊
Title by BLUE TEARS