デスクワークに一区切りつけて、障子を開ける。
目の前に広がっているのは、屯所の庭が白に染め上げられている景色。
灰色の雲の間から降りてくるのは、光を浴びてキラキラと反射する雪。
風がほとんどない昼下がり。太陽は身を潜めて、雪を降らせている。

不意に、床の軋む音が聞こえて、音のする方に視線を投げると、そこにいたのは副長だった。


「お疲れ様です」

「おう」


心なしか、どこか疲れたような声で副長は返事をする。
私は「どうかしましたか?」と聞いた。
彼は、口元にあった煙草を一度外し、そこから紫煙を吐き出すと「また行っちまいやがった、あの人」と漏らした。


「またですか……まあいつもの事ですけどね」

「ああ。だからいい加減、嫁でも見つけろって言ってんのに……」

「局長も、こんな雪の日くらい、大人しくしてればいいのに」


一度部屋に戻り、自分のコートを取り出し身に着ける。
そして副長に「迎えに行ってきます」とだけ伝えて、今度は局長の部屋に向かった。



昨日の夜から降り続いている雪は、道路をデコレーションしていた。
踏み締める度、私の足跡が道筋を残していく。
傘に降り注ぐ雪は時々、肌をも掠めて。
どうせ、こんな寒い雪の中でもあの人は立っているんだろうなぁ、なんて思ったら
見覚えのある、大きな黒い背中を見つけた。


「局長」

「おうふっ?!」


声をかけた途端、大きくその背中が揺れた。
振り向いた局長の頭からは雪がドサリと落ちてき、鼻の頭を真っ赤にして、その鼻の下にはキラリと光る物が見える。


「迎えに来ました」

「マジで!?」

「仕事まだ終わってないでしょう? それに、このままここにいると風邪ひきますよ」


言いながら、ポケットからティッシュを出した。
それを乱暴に局長の鼻元に宛がったら、痛そうに顔を歪める。
だけど私あはあえて、それに気づかないフリをして鼻を拭く。
それから、手に抱えていた局長のコートを手渡した。


「ストーカー行為も程々にして下さい。体壊したらどうするんですか?」

「おお、ありがとな!」


いそいそと自分のコートを着込む局長。
着た事で温もりを久しぶりに感じたその顔は、ほわほわと緩んでいく。
そっと、コートの襟を引っ張って、局長を屈ませた。

私の顔の近くに、彼の顔が下りてきて
まだ頭に残っていた雪を払い、赤いマフラーを彼の首元に巻き
それから手の平にはホッカイロと、缶コーヒーを持たせた。
不思議と、局長の頬も赤くなっている。


「ビックリしたなァ……」

「何か言いましたか?」

「いや! 何も!」


しんしんと、本当に音が聞こえるかのように雪は降り続いている。
缶コーヒーを早く飲むように、局長を急かした。
けれど、かじかんでしまった指先では思うように、プルタブを開けられないようだ。
仕方がないので、一度渡したそれを、もう一度手中に収め
その間、ホッカイロで手を温めて下さい、と。
開けた口から、湯気が立つ。それを再度、彼の手に持たせた

「火傷したら困るからさ」と局長は、コーヒーをちびちびと飲む。
その間も私は、空から降る雪を眺めていた。


は雪、好きなのか?」

「いえ。寒いし外に行くと汚れちゃうし何かと不便なので、好きではないです」

「……その割りにはずっと見てるな」

「そうですね」


雪が降ると、寒いし、外に行きたくなくなるし、服も汚れてしまうけど。
こうしてまるで、光の粒が降ってくる様とか。


「でも、外に行くのが嫌なのに、俺のこと迎えに来てくれたんだな」


コーヒーを飲み終わった局長が、何故か嬉しそうに私を眺めて言った。
私は何も言わずに、局長の顔を見る。
それから「行きますよ」と、自分が着けていた手袋の左手を外して彼に渡した。


「いいのか? だって寒いだろ?」

「だから、局長が左手を着けて。それで傘を持って下さい」

「こ、こう?」

「そうです。それで、右手にホッカイロ持って下さい」


まごまごと局長は、私に言われた通りにする。
そっと、意識が少し遠くに行っていた局長の、ホッカイロを持ったままの右手を、そっと握った。


「こうすれば、二人とも温かいですよ」


真っ赤な顔で、びっくりしたまま私を見下ろす局長に、ただ笑って、行きましょう、とだけ言った。



雪は好きじゃない。
だって、寒いし、外に行くのが億劫になるし、服も汚れてしまうから。
それでも、こうして光が降ってくる様とか
こうしてこの人の隣で、手を繋いでいられる事があるから
少しだけ雪も好きになれるかもしれない。

私達が歩いた後には、二つの違う大きさの足跡がポツポツと残されていた。