私が勤める花屋には常連さんがいる。背が高くて優しい目をした人。
その人はいつも花束を注文する。作ってある物じゃなく花を選んで。それを私が包んで彼に渡す。
そうするとまるで彼が花束を貰ったかのような笑顔を浮かべてくれる。

「ありがとうございます」

少し掠れた低い声でそう言われると、喜んでもらえる物を作れてよかったといつも思えた。
花束を作る時、彼は必ず私にアドバイスを求めてくれる。
この花には何が合うか、今の時期はどんな花がいいのか。花言葉を聞いてくる時もあった。
とても丁寧に聞いてくれるから、私も色々と答えようとして話し過ぎてしまう事もある。
それでも彼は笑って「色々と教えてくれて助かります」と言ってくれた。



「すみません」

「はーい。あ、近藤さん。いらっしゃいませ」


店の奥でばけつを洗っていると声を掛けられた。入口まで行けば立っていたのは彼だった。


「今日も花が綺麗ですな!」

「はい。今日もどの花も綺麗に咲いてますよ」


彼は変にうんちくを語ったりしない。ただ思ったまま素直な言葉で花を褒めてくれる。大きくて立派だとか、色が混ざっていて美しいとか。
子どもみたいかもしれないけれど、ああだこうだと言われるよりも心に響く。
その言葉は私だけでなく、花達も喜ばせてくれているだろう。


「今日はどうしますか?」

「そうだなァ。そろそろクリスマスだし、そういったもんを渡したいんだが……」

「それでしたら今日は花束ではなくリースにしますか?」

「リース?」


首を傾げる彼。側らに置いていた試作品を見せてみる。


「これです。扉とかに飾るんですよ」

「おォ! 見た事あります!」


合点がいったというように明るくなった顔に、私にも笑顔が浮かぶ。


「これはこれで花束とは違った趣きがある!」

「でしょう? お好きな花を選んでくれれば、それに合わせて作りますよ」

「え?! これさんが作ったんですか?!」

「そうですよ?」


目を丸くして感心したように、ほー、と息を吐く。


「いつも思ってましたがあなたは本当にすごい。まるで魔法使いだ」


満面の笑みでそう言われ、少し頬が熱くなる。
仕事なのだから当たり前なのに、それを当然だと言われないのはとても久しぶりだ。

必要な道具や材料を用意しながら主となる花を選んでもらう。
顎に指をやり真剣に悩む様は、渡す相手に喜んで欲しいという思いの表れだろう。
鋏で枝を切っていると近藤さんの動きがぴたりと止まった。


「これにします」


そう言って指をさしたのは、まさにこの時期にぴったりの花だった。


「すごいです近藤さん。その花、ポインセチアっていうんですけど、まさしくクリスマスの花なんですよ」

「そうなんですか? いやァ知らなかったな」


近藤さんの顔が緩み手が後頭部にいく。
些細な事でもこうしてまっすぐな反応をされる度、彼の人柄が私の中に滲んでいくような気がする。

ばけつから大ぶりな物と小ぶりな物を一つずつ取り出し作業台の上に置く。
絵の具で塗られたようなはっきりとした赤。真ん中のめしべとおしべは小さな鈴のようだ。
準備していたリースの土台にポインセチアを括りつけ、具合を見ながら他の花や実、装飾された葉などを絡ませていく。


「どうですか?」


見やすいよう彼の前に斜めに立てた。他の花を眺めていた目がしっかりとリースに注がれる。


「おォ! こりゃあいい! こう、クリスマス! って感じがしますなァ!」

「よかった。箱に入れてお渡ししますね」

「お願いします!」


リース用の透明な箱に、できたばかりのそれを壊れないよう注意を払ってつめる。
蓋をして、赤と緑で織られたりぼんを巻く。無地の茶色い紙袋に入れ近藤さんの大きな手に紐をかけた。


「それで会計は……」

「そうですね……。まだ商品として出していなかったので、今日は結構ですよ」

「えェ! こんないいもんを作ってもらってただなんてわけには……」

「気にしないでください」


そうは言ってみるものの、近藤さんはお財布を握り締めたまま動こうとしない。
どうしたものかと考え、ふと思い浮かんだ事を伝える。


「でしたら、お渡しした方の感想を聞かせてください」

「感想?」

「はい。参考にしたいので」

「……かなァ」


近藤さんは目線を落とす。ぽつりと零された一言はうまく聞き取れなかった。


「え?」

「いや! なんでもないです!」


ありがとうございます! と何度も頭を下げながら近藤さんは店を後にした。
それから私は台の上を片づけ、ばけつ洗いを再開させた。



店先で枯れ葉を掃除していると、向こうの方から何かが風を巻き起こしながら近づいてくるのが見えた。
なんだろうと目をこらして見れば、それは紛れもなく走ってくる近藤さんだった。
その顔は心なしかいつもより輝いているように思える。


「こんにちは!」

「こんにちは。いらっしゃいませ」


急停止した彼は箒を握っていた私の手を掴んだ。
何事かと思わず柄を放してしまい、乾いた音が地面の上に転がる。


「こ、近藤さん?」

さんのおかげです!」

「えぇ?」


温もりがあっけなく離れる。思わず握り返しそうになった手を押し止めた。


「初めて受け取ってもらったんです!」

「初めて?」

「……あ」


あんなにも晴れやかだった顔が一瞬で曇った。
数えた事はないけれど、彼が今まで買っていった花束は相当な数だ。
それら全てを受け取ってもらえていなかったという事だろうか。
そうだとしたら。


「……近藤さん、すみませんでした」

「え?」

「きっと私の技術や選定が悪かったんですね」


人にはそれぞれ好みがある。おそらく私の作った花束はその人の心を震わせられなかったんだろう。
不意に、花や包み紙なんかの色を選ぶ近藤さんの表情が脳裏に浮かんだ。
たくさん悩んで、その人に喜んでもらいたい一心で花や色を丁寧に選んでいた彼。その想いが私のせいで届かなかった。

色んなお客様が違った思いで花を買っていく。近藤さんのように、相手の笑った顔が見たくてここを訪れる人も多い。
その人達のお手伝いが少しでもできればと思っていた。


「本当にごめんなさい」


目頭が熱くなったのを気のせいだとごまかし、頭を下げる。


「頭を上げてください! さんが悪いんじゃねェんだ……」


肩を支えられながら顔を上げれば、近藤さんは眉尻を下げて泣きそうな面持ちをしていた。


「その……お恥ずかしい話、俺ァ相手のお嬢さんにあんまりよく思われてなくてな。でもあれを受け取ってもらった時、その人は言ってたよ。いつもの花束、受け取ってないですけど、すごく綺麗だと思ってますってな」


近藤さんとその方の間柄は知らないけれど、それでも私が花に込めた思いは届いていたのだ。
彼の手助けになれなかったのはひたすらに申し訳ないと思いつつも、沈んでいた心が少し浮かび上がる。
そして一つの疑問も同時に浮かんだ。


「……じゃあ今までの花は?」

「それは……」


以前、近藤さんが真選組の局長を務めているとは聞いていた。おそらく男所帯だろう。
そうなれば花を愛でるという習慣はなかなかないかもしれない。となれば、行きつく先はなんとなく想像ができた。


「すみません、なんとか枯らさないようにしてはいるんですが……やっぱり無骨な野郎ばかりだと」

「え?」

「え?」

「……てっきり、捨ててるのかと思って」


受け取ってもらえないなら、彼には必要ない物だから。


「捨てるはずないです。あれは、さんが作ってくれた大切な物ですから」


言葉の通り、宝物について話すような表情で彼は言う。
私が作った花束を、気持ちを伝えるための道具だと、それだけだと思わないでくれていた。
たったそれだけなのに、胸の温度がゆるゆると上がっていく。にやけそうになる頬を押さえるため、唇を強く引き結んだ。


「……それでしたら、今度からこれ、お付けしますね」

「それは?」

「延命剤です。切り花を長持ちさせるお薬みたいな物ですよ」


小袋を指先でつまみ持ち上げる。すると近藤さんの目が真新しいおもちゃを見るような輝きを放つ。


「そんな便利ですごい物があるんですね! どうやって使うんですか?」

「お水に入れるだけです。よかったら使ってみてください」


前回買っていった花束を思い出し、まだ枯れていないだろうと一つを渡す。彼はそれをいそいそと懐にしまった。


「他にも何かお手伝いできる事があれば言ってくださいね」

「ありがとうございます。いやァあなたくらいですよ、俺にそう言ってくれるのは」


そう言って口を大きく開けて笑う彼を見ていると、どうかその想いが成就しますようにと祈らずにはいられなかった。



十二月に入り、本格的に冬を告げる風が吹くようになった。
相変わらず近藤さんは花束を買いに来る。
たまにリースや鉢植を買っていく時もあるけれど、やっぱりなかなか受け取ってもらえないらしい。

その日は珍しく、少し落ち込んでいるように見えた。


「どうかされたんですか?」

「いや……なんでもないです」

「……なんでもなかったら、そんな顔はされないと思います」


たとえるなら、いつもの彼は向日葵や朝顔みたいな夏を彷彿とさせる。
けれど今の近藤さんは、すぐにでも落ちてしまいそうな、頭を垂れる椿の花のようだ。


「……さんにこうしてたくさん良くしてもらってるっていうのに、俺は一向に成果を出せていない。そんな自分が不甲斐なくてしょうがないんです」

「近藤さん……」


花々を見つめる横顔が、今にも枯れてしまいそうに見えた。
私は、彼の延命剤になれるだろうか。


「大丈夫です。きっと近藤さんの思いは届きます。花束を作っている私が保証します」


拳を作って胸元を軽く叩いた。そんな私を見て、萎れていた表情に少しだけ笑顔が戻る。
もう一押し、何か必要な気がした。


「私だったら……」

「……私だったら?」


何気ない一言のつもりだった。
なのに、それを言おうとした瞬間何かにせき止められる。それでも、どうしても彼の満開の笑顔が見たいと思った。


「私だったら、近藤さんみたいに一途に花を持ってきてくれる人、好きになっちゃいます」


彼はぽかんと、口を少し開けて私を見る。そしてまた頬を緩めて後頭部に手をやった。


「いやァ、お世辞でもそう言われると照れますなァ」


お世辞なんかじゃないですよ、の言葉をなんとか呑み込んだ。
みるみるうちに近藤さんの顔に活力が戻っていく。
熱くなってしまった頬を隠すように下を向き、途中まで包んでいた花束を完成させた。
歩み寄り、それを渡す。


「今日も本当に美しい!」


そう言われて心臓が一瞬だけれども跳ねてしまった。その理由に真正面から向き合ってはいけないと言い聞かせる。


「また来てくださいね」

「はい! もちろん!」


頷いてまるで兎が飛び跳ねるような足取りで店を出る。きっとその足で意中の人のもとへと行くんだろう。
肩まで上げた手は振れなかった。



「今日は花束を二つ作ってはくれんでしょうか?」

「二つ?」


近藤さんは、はい、と答えた。それに私は、じゃあまず一つ目の花を選んでくださいと言った。
いつものように主の花を選び、私の助言を聞きながら引き立てるための花を選んでいく。それらに合う色の包み紙やりぼんで包装し、すぐに仕上げた。


「それで、もう一つは?」

「もう一つは、さんの好きな色や花を選んで欲しい」

「……はぁ」


彼の隣に並び、ばけつの中で出番を待つ花達を眺める。
こうして近くに寄るのは初めてで、改めて背の高さや鍛えられた体つきを目の当たりにした。
あまり男性への免疫がない私は、たったそれだけの事でも眩暈を起こしそうになる。
ただ、それが男性全般への感じ方なのか、この人が特別なのかが分からなかった。


「冬の花で好きなのは……これです」


手に取ったのは紫のアネモネ。


「これはなんていう花なんですか?」

「アネモネです」

「ほうほう」


顎に手をやり頷く。


「じゃあこれに合わせて」

「いや、これから先の花は俺に選ばせてください」


ばけつから合わせるための花を取ろうとした瞬間、大きな手がそれを阻んだ。
触れた手の温度は泣きたくなるほど優しくて、ささくれだった指先にすらそう思える。

近藤さんは店の中を行ったり来たりしながら花を選んでいく。
時々ちらっと私を見て確認を取るけれど、基本的には彼がどれを使うかを決めていた。私がそれを手に取り、作業台の上に置いていく。


「こんなもんでしょうか」


選び終わった花をまとめてみると、意外にもきちんとまとまりのある花束ができた。


「すごいですね。これからは私が何も言わなくても花束が作れますよ」

「すごいのはさんですよ。いつも言ってくれる事を思い出しながら選んだだけですから」


その言葉は確かに喜んでいいものなのに、どこかで寂しさすら感じていた。
近藤さんは言いながら包み紙やりぼんの色も選ぶ。それも調和の取れている物を的確に選択していた。

一体この花束は誰に渡すのだろう、そんな事を考えるとなぜか胸中にもやのような物が立ち込める。
もしかしたら今回は趣向を変えて二つを渡すのかもしれない。それなら片方くらいは受け取ってもらえるかもしれない、と信じて。
そう考えていると、もやはどんどん濃くなっていく。


「……できましたよ」


すでに一つ目の花束を持つ彼に近づいて二つ目を渡す。
それなりに大きい物なのに、近藤さんは容易く抱える事ができていた。


「どうぞ」


二つ目の花束が目の前にあった。


「え……?」

「これをさんに渡したかったんです」


紫のアネモネと、周りを囲むかすみ草。足りない色を補うように小さな花々がちらほらと舞う。
控えめでいて、アネモネが栄える花束。


「いつも世話になってる礼です」


ああ、だから自分で選びたいと言ったのか。私ではなく、自分自身で。


「ありがとう、ござい、ます……」

「ええェっ! ど、どうしたんですか?!」

「い、いえ……その……本当に、嬉しくて」


気がつけば、目から自然と涙が溢れていた。
とうとう私は気がついてしまった。知ってしまった。自分の想いに。

いつの間にか、別の人を好きな近藤さんに恋をしていたのだと。


「やはりどこかおかしかったんですか?」

「そんな事、ないです。泣くほど嬉しいくらい、素敵な花束です」


この人が私のためだけに選んでくれた事が、どうしようもなく涙を後押しする。
けれどそれは一つ目の花束とは違う想いで作られた物で。込められている想いは今の私が望むものとは程遠いのだろう。


「本当に、ありがとございます」


雫を堪えて正面から彼を見て笑みを浮かべる。どうしてか、彼も泣いてしまいそうな顔だった。



雪が降り出してしまえばあっという間に積もるように、私の想いも瞬く間に心の中で大きく育ってしまった。
近藤さんは変わらず、私ではない人に渡すための花を買いに来ていた。
それがなければ私達の接点なんて溶けるよりも簡単になくなってしまうというのに、それがどうしても胸を締めつけた。


「次のシフト、どうする?」


仕事終わりにそう聞かれ、壁に掛かっている暦を見た。目に入った二四と二五の文字。
きっと彼はこの日も花を買いに来るだろう。彼女に喜んでもらいたい一心で。
私はそのお手伝いを、心を砕きながらする事ができるだろうか。


「あー……」

「できれば出てもらえると助かるんだけどね。あ、もちろん予定があれば断ってくれて構わないよ」


店長が少しやつれたような表情で言う。確か私と同じくらいの仕事ができる人達は、揃って予定があると言っていた気がした。
この人には働き出した頃からずっとお世話になっている。家庭のある店長もその二日間は休みたいに違いない。
予定なんてない。問題があるとすれば、近藤さんの好きな人のために花束を作る手が遅くなってしまうかもしれない事くらいだ。


「手帳、真っ白なので問題ないですよ」

「え、そう? なら出勤お願いしてもいいかな」

「はい」


何かを隠すように口角を上げれば、店長はそれに気づかず安心したように笑ってくれた。



来たる二四日、彼は来なかった。

ポインセチアの鉢植や丹精込めて編んだリースを、輝かんばかりの笑みを浮かべて買っていく人達を眺めていた。
皆きっと、自分を待ってくれている人の笑顔を見たいのだろう。

そして二五日、ある程度の人がはけた夕方に彼はやって来た。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは」


普段の恰好に、羽織りと首巻をつけた近藤さん。鼻の頭は赤くなっていた。


「今日は花束にしますか? それともリースですか?」

「……花束でお願いしたい」

「はい」


浮かべた笑みはぎこちなくないだろうか。そんな事を思いながら彼に近づく。


「今日も自分で選びたいんですが、大丈夫ですか?」

「……もちろん」


彼が迷いなく選んだのは、マーガレットとベゴニアだった。
白いマーガレットに合わせて華やかな色のベゴニアを数本手に取る。

彼は、これの花言葉を知っているんだろうか。だとしたならば。


「これでお願いします。できればもう少し、この二つが活かせるような花束を作ってはくれんでしょうか?」


いつになく真っ直ぐとした表情だ。
もしかしたら、今日こそ本腰を入れて想いを伝えるのだろうか。
そう思うとまとめるための花を選ぶ時も包み紙で束にする時も、手が震え心臓がうるさいくらいの音を刻んでいた。


「お待たせしました」


私と近藤さんの想いが詰まったそれを、彼の手に渡す。
その重さを確かめるように抱き締める近藤さんを見ていると、今にも目の縁に溜まっている涙が零れ落ちそうになる。

代金を渡してくれる手を握って、どこにも行かせたくなかった。
私の想いはあなたに向いてしまっているのですと伝えてしまいたかった。
でもそれは、応援し続けてきた彼の恋路を邪魔してしまう事になる。


「ありがとうございました。いってらっしゃい」


頭の上にある近藤さんの顔を見ずに言う。
彼はすぐには背中を見せず、かといって何を言うわけでもなく立ち尽くしていた。
思わず頭を上げれば、どこか案ずるような表情を浮かべている。


「近藤さん?」

「いや、なんでもない。それじゃあ」


いくら彼といえども、本気で伝えるのは緊張するのだろう。もしかしたらいつも通り、私に何か言って欲しかったのかもしれない。
けれどそれを汲み取ったとしても、今の私は何も言えない。
彼は縋るように花束の柄を握り、小さくなった背中を見せながら店を出ていった。

葉や茎が散らばった台の上を片づけていると涙が頬を伝い始める。
これからも近藤さんはきっと、花束や鉢植を買いに来るだろう。他の誰かのために。
私はその度に胸を締めつけられ、心の見えないところで泣くのだろう。
決して、前にも進めず。

それで、いいのだろうか。

何かに突き動かされ、まず店の鍵を手に取った。勢いよく外に出てシャッターを下ろし鍵を閉めた。
そして近藤さんの後を追うようにして走り出す。

男の人といえども、全速力で走れば追いつくだろうと思い呼吸が苦しくなるのも構わず、常に最大速度で足を動かし続けた。
するとまだ小さいままの背中を見つける。


「近藤さーん!」


ありったけの声で叫べば、驚いたような素早さで彼が振り向いた。その顔も同じような表情だ。


「どうしたんです?」


片手は花束を抱えたまま、もう一方の手が肩に置かれる。その冷たさに、また涙が込み上げてきた。

近藤さんは急かす事なく息が整うまで待ってくれた。
その優しさが伝えるべき言葉を後押しする。


「私、あなたが好きです」


膝に手をついたまま、顔だけを上げて、それでも彼の目を見つめて告げた。
切れ長の目が、今まで見てきた中で一番丸くなる。

刺すような冷たさの風に乾かされた涙がまた流れ始めた。


「これから大事な時だっていうのに、水を差すような事を言ってすみません……。でも、どうしても伝えたかったんです」


止まらない涙が声を震わせる。
断りの言葉を正面から聞けるほど強くなくて、立ち上がりはしたものの顔は俯かせたままだった。
私の情けない、鼻をすする音だけが響いている。


「泣かんでください」


体全体が、温もりに包まれる。背中に当たる花がくすぐったかった。
何が起こったのか分からず目を白黒させていると、近藤さんの声が言葉を紡いでいく。


「俺も……さんが好きです」


背筋が張り、震えが治まる。


「う、そ……」

「嘘じゃない。いつの間にか、あの人よりあなたの方が大事になっていたんです」


あの人とは、きっと思い人のことだろう。


「情けない。俺は勇気が出なかったばっかりに、さんに先を越されちまった」


体が離れ、眉を八の字にした笑みが見えた。
近藤さんと私の想いが込められた花束を差し出される。


「受け取ってはくれんでしょうか」


受け取らないなんて事、あるはずがない。

涙でぐちゃぐちゃになってしまった顔を隠すように花束を抱き締める。
初めて知った、彼の少し高めの体温にくるまれて私は泣きじゃくった。


「空、見てください」


言われてそっと顔を上げれば、灰色の空から白が落ちてくる。


「今までの人生で、最高の贈り物だ」


それは私の方こそだった。

マーガレットの花言葉は、真実の愛。
ベゴニアの花言葉は、愛の告白、幸福な日々。


「近藤さん、花言葉、知ってました?」

「……色々と調べてみたんです」


そう言って赤くなる彼の胸に、頬をすり寄せた。





ありったけの想いを込めて、君に





gntmクリスマス夢企画さまに提出した作品です。