一日の重労働を終えて、屯所に戻り夕食を食べ、風呂に入り自室に戻った近藤の見たもの。


「お疲れ様です」


それは自室で、普段自分が寝ている布団の上に、ちょこんと座ったの姿だった。
近藤は一瞬、あまりにも疲れていて寝ぼけてしまったのだろう、と落ち着いた表情で障子を閉めた。
そして、一度大きく「うん! 今日は早く寝よう!」と頷くと、ゆっくり障子を開いた。
しかしやっぱり、そこに存在するのは見間違いでも彼が作り出した幻影でも何でもない。
正真正銘の部下、もとい、もとい彼の恋人がいる。


「もー、なんで閉めちゃうんですか?」


目の前で腰に手をあて、は近藤を見上げている。
なぜ、彼女が自分の部屋にいるのか。
そんな事を考えられる程、今の近藤には余裕がない。


「……なんでが俺の部屋にいるのかなァ?」

「そりゃあ、夜這いしに来たんですから、いるに決まってるでしょう」


近藤は、それならいて当たり前だね! と言った直後、の脳天にチョップを食らわした。


「いったぁーい!!」

「女の子が何言ってんの! 明日も早いんだから早く部屋に行って寝なさい!」

「どうしてそんな、夫婦の営みをしたいあまりに娘を早く寝かしつけようとするお母さんみたいな言い方するの?!」

「変なたとえ出さないのっ!」

「はっ! まさか自分で処理したいからって、私を追い出そうっていう魂胆?!」


障子を開けたまま、寒い廊下でそんなやり取りをする二人の耳に隊士の「うるせぇー!!」と言う声が聞こえた。
近藤は慌てての口を塞ぎながら、自室へと入る。
依然、は納得のいかない、といった顔で近藤を見上げていた。


「……急にどうしたって言うんだ」

「……べっつにー? ただぁ? 私達付き合って結構経つのにぃ? あまりにもどっかのゴリラさんがぁ? 手を出さないのでぇ?」


わざと間延びさせ、区切るたびに語尾を上げるはあからさまに不満を露にしている。
普段は隊服をきっちりと着こなし、どんな事があっても敬語口調を崩さない彼女。
それが今は、寝るための着流しであり、仕事から外れると一変する少し砕けた口調で、近藤に対する不満を述べていた。


「……不安になるだろ馬鹿ヤロー」


一度だけ目を合わせては、ぷいっと横顔を見せた。
その瞳の端にキラリと光るものが。


「私の片思いから始まって、付き合うのにしたって私からだったし……お妙さんには激しい愛情表現も、してくれないし……」


不安要素モリモリだよ、と鼻を啜る。
近藤は困ったように後頭部を掻きながら唸っていて。


「男だったらとっとと既成事実を作ってよ。据え膳食わぬは恥なんだよ」


今日はもう寝るよ、ごめんね局長。

わざとそう呼んで、は障子に手をかけた。
しかし、障子が動く事はない。
なぜならば、その手を阻止した者がいるから。


「……なに」

「そんな風に思ってたとはなァ……」


向きを変えられ、自分の視線に合うように屈んだ近藤を、はまっすぐと見る。


「あんましがっつくのもよくないと思ってな」

「がっつけよ。恋人なんだから、そこはがっつこうよ」

「はは、じゃあ今日からそうするか」


試しに愛の言葉でも聞くか? とからかい気味に言う近藤。
は「言えるもんなら言って欲しいね」と皮肉めいた言葉を返した。
すると、屈んだままの近藤の口が、彼女の耳元に近づく。


「愛してるよ、


普段聞けないような、真面目な声色で。
顔は見えなくても分かる程、それは真摯なもの。
の体が強張ったのを近藤は見逃さない。


「……どこに隠してたの、そんな最終兵器」

「んー? 俺の最終兵器はこんなんじゃないんだけどな」


ニヤニヤと笑う近藤に、は頬を赤らめる。
強引なところがあるくせにこうやってすぐに照れるんだから、離れられないんだよなァ、と近藤は口に出さずに思う。

は一文字に結んだ口を、ゆっくりと弧を描かせる。
そして、今度は彼女が近藤の耳元に口を近づけて。


「……じゃあ、その最終兵器とやらと、私の最終兵器、どっちが強いか比べてみる?」


その声もまた、普段の彼女からは想像もつかない程、艶やかで。
近藤の頬が見る見るうちに赤くなり、はそっとピンク色に染まった耳朶を甘噛みした。


「いっ!?」

「仲直りの記念に、一発どうっすか?」


悪戯が成功したように、は笑う。
そんな彼女の頬はもう赤くはない。

彼の部屋から蜜の匂いが香るまで、あともう少し。