見廻りも終わって屯所に戻ってきたら、縁側で近藤さんが一人、ぽつんと座っていた。

あの内乱から、もう二週間近くが経っている。
皆それぞれ、小さい大きい関係なしに、傷を背負ったまま
それでも消えていった仲間のために、前を向いて歩いている。

特に近藤さんは、一番上という事もあって率先して皆を引っ張っていこうとしているのが、ありありと分かる。
普段ならこういう時、一番しっかりしてるのは土方さんなんだけど
彼も彼なりに今回は、相当辛い思いをしたみたいで
もしかしたら、見かけだけでも私が一番ヘラヘラしているかもしれない。


「近藤さん」


至近距離、真後ろから声をかけたけどピクリともしない。
もう一度、なるべく優しく「近藤さん」と呼ぶけどそれでも反応はない。


「真選組局長、近藤勲!!」

「ぎゃああああァァァっっっ!!!」


右耳を掴んで、大きな声でそう叫んだ
近藤さんはようやく私に気づいたのか、大声を出されて痛む右耳を押さえながら
「あれ、? もう帰ってたの?」ときょとん顔で聞いてきた。


「もう帰ってきました。と言うか、もうお昼ですよ。ご飯食べましょうよ、近藤さんの奢りで」

「あれ、なんで俺が奢るんだろう、ねえ、それもう決定事項なの?」

「当たり前です。世界公認の事項です」


えええええ、と驚き顔で焦る近藤さん。
その顔はいつもと同じなのに、違和感が拭えない。
じゃあ、行くかー。お店混むのもやだしな、と立ち上がろうとした近藤さん。
よっこらしょ、なんてまた親父臭い事言いながら、なんて思って横顔を見たら、思わず固まってしまった。


「……なんて顔してんですか」

「へっ?」

「ちょっとそこにお座り!」

「なんで命令口調?!」


立ち上がった近藤さんの肩を、ダンッと下に押す。
力と重力に従って、私より遥かに大きい近藤さんの体はすとんと、もう一度縁側に座らされた。


「……すごい肩凝ってますね」

「話いきなり変わったなァ……俺達お昼食べに行く筈だったよね、そうだよね?」

「お腹は減りますが、昼食は逃げません。でも、私のマッサージは今日を逃すと次いつ来るか分かりませんよ」

「え、なに、マッサージしてくれるの?」


いやったあああ!! なんて子どもよりも子どもっぽく喜ぶ近藤さんの後ろに回って、その大きい肩に手を乗せた。

日頃の勤務のせいもあって、その肩はパンパンに張っている。
うまいと言っても所詮は素人。そんな素人にすら分かるくらい、近藤さんの肩はヤバかった
もう、何がヤバいのか分からないくらい、硬い。

ぎゅ、ぎゅ、と一揉み一揉み、見えない愛情を籠めてとにかく揉む。
時々いて、とかそこ、とか要求が聞こえてくるけれどほとんどそれを無視して、好き放題揉みまくる。


「いつもお疲れ様です」

「んー? 達の方がお疲れだろー。俺なんて書類整理とかばっかだからさー」

「……その書類のミス訂正も、私の仕事ですけどね」

「……すんません」


ははは、と笑うと肩が揺れる。
でも、やっぱりその笑い声からも、違和感が拭えなくて。
どうしよう、核心に触れてもいいだろうか。
だけど、私如きがそれに触れていいのかな。

でも、それでも。
私だってまだ傷は癒えていないけれど、この人が背負った傷や荷物よりかはきっと軽い筈だから。


「……まだ後悔してますか?」

「なにが?」

「伊東先生を救えなかったこと」


途端、ばちりと固まる近藤さん。
何もなかったように、肩を揉み続ける。
やめろとも、喋るなとも言わないのは、近藤さんなりの優しさなんだろうか。

不意に、空気が揺れた。


「俺さ……あれでよかったのかな、って思うんだ」

「……最後の決着の事ですか?」

「うん。あの時、無理してでも先生を病院に運ぶ事だってできたんだ、俺」

「そうですね、かなりご法度にはなりますけど」

「間に合わないとは、分かってたけど……それでも俺は、助かって欲しかった」


だって、まだちゃんと一緒に酒を呑んだ事だってなかったんだ。
同じ真選組なのに、おかしいよな?

そう私に問いかける近藤さんの顔は、よく見えなくて
ただ、少しだけ震えてる肩が、思いの外脆く感じる。


「でも、それは俺達が貫き通さなきゃいけない道に反するし、なにより許されない事だから」

「そうですね」

「あの瞬間俺、あれが一番いい方法だって思ったけどさ……」


ボタッ、と木目にシミができた。
手はいつの間にか動く事を止めていて。


「俺ァ……どうすればよかったのかなァ……」


顔を俯かせて、必死に堪えて。それでも溢れ出てくるそれを我慢し切れなくて、流している近藤さんが
いつもはあんなにも馬鹿みたいに笑って、何があっても強い近藤さんが
今、こんなにも壊れそうになっている事が何より辛かった。


「……何が正解だったなんて、誰にも分からないんです」


そっと、近藤さんの背中を、体全部で包むように抱き締めてしまった。
ビクッとした後、ズズッと小さく鼻を啜る彼をすごく守ってあげたいと、そう思う。


「でも、これだけは言えます」

「……何?」

「伊東先生はきっと、近藤さん達皆に感謝してると、そう言い切れます」


あの瞬間、円陣の一番前で見えた、伊東先生の表情は初めて会った時から、最期の最期までで
一番綺麗な笑顔だった。

それは、きっと
本当に欲しかったものとか、何か大切なものを見つけられたからできた表情だと思った。


「だって、綺麗だったもん。伊東先生の最後の顔。すごく、すっごく」

……」

「たとえ、近藤さんが出した答えが模範解答じゃなくても、伊東先生がマルをくれればそれが正解なんです」


ね? と同意を求めればそうだな、と間を置いて返事が返ってきた。
やっぱり、相変わらず肩は震えて嗚咽は止まる事がなかったけれど
少しだけ涙の音が、透き通った気がした。

失ったものを取り戻す事も、傷つけたものを修復する事もどちらとも、すごく難しい事だけれども
いつかきっと、あの時は大変だったね、と笑って話せる日が来る筈だから。

ただ、その日が来るほんの一瞬前の今だけは私の腕の中くらい、泣きたいだけ泣いて欲しい。

陽射が柔らかくなった午後一時。
いつも頼られっ放しのあなたを、少しでも。