フェンスから見下ろしたグラウンドは、夏の暑い陽射に照らされていて
上を見上げれば澄み切った青が私を見下ろしていた。


「青いなぁ……」


手の平さえ突き進んでくる陽射を、そのもうひとつ向こう側で輝く青を。
それ以上に思い出す暇がないくらい、ずっと思考を占拠し続けるあの男を。

ズルイんだ、もう全部が。
存在そのものが愛おし過ぎて、頭の片隅なんかじゃな済まされない。
馬鹿でゴリラでストーカーのくせに。他の皆には加齢臭とか、泣き虫とか言われてるくせに。

知らなきゃよかったんだ。

お妙ちゃんを見る時の、真っ直ぐした目を。
クラスの皆を、後ろからそっと見守ってるところを。
トシや総悟と馬鹿やって笑ってる顔なんかを。

何よりも、今日みたいに澄んだ青い空をした日に見た、彼を。





「まだまだだぞぉー!!」


何の気なしに通った体育館から聞こえてきた声は、いつも教室で聞いているような声じゃなかった。
その日も今日みたいにいい天気で、まっすぐ家に帰るのがどこかもったいなくて。
けれどする事のない私は、ただぶらぶらとグラウンドや体育館の周りをウロついていた。
最後に回った道場の前で聞こえてきた、彼の声。

そう言えば、アイツら剣道部だったっけ

私とは縁もないようなその部活動を、一目見てやろうと思った。
ほんの、些細な好奇心。

夏の咽かえるような暑さに加えて、道場は熱気に包まれていた。
竹刀と竹刀がぶつかり合う音と、ほぼ怒声に近い叫び。
その中に、何人か見知った顔を見つける。
教室では見られないような表情のクラスメイトに、新鮮さを覚えた。

そう言えば、とふと思い出した存在。
きっと汗だくになってバテているに違いない、そんな事を思いながら姿を探す。


「こんなんじゃ次の大会、初戦で負けちまうぞ!!」


そこにいたのは、想像していたような姿の彼ではなかった。

袴を身に纏って、背筋をピンと伸ばしていた。
一度だけ授業で握った事のある竹刀は大分重かった筈なのに、彼はそれを軽々と振っていて。
それと同時に後輩達に声を投げる彼、そんな近藤勲を見るのは初めてだった。

知っている彼の知らない顔は、夏の熱に浮かされている私をさらに浮かすには充分過ぎる程で。
もしかしたら、それ以前から。けれどもそれを認めたら負けなような気がしたから。

顧問であろう教師が休憩の合図を出す。
それを聞いた彼は私がいる道場の出入口に向かってきた。
私の前方三歩前になって、ようやくはっきり見えた彼の表情はいつもの柔らかい表情じゃなくて。
汗を拭って、真っ直ぐと前を見据えるその真摯な目。


「お、じゃねえか。どうしたんだ?」

「っ暇だったから、ブラブラしてただけ!」


私を見た途端、教室と同じ顔になる彼を直視できなくて。
帰るね、と踵を返した私に彼は「お、おお」とぎこちない返事をくれた。

小走りに数メートル進んで、何を思ったのかその場で振り返ってしまった。
見えたものは。青なのか水色なのか分からない、それでも綺麗な色をした空の下
汗を流す為に頭から水をかぶって、笑っていた彼だった。

その光景がすごく、すごく眩しく見えたのだけをしっかりと私の脳は覚えている。





今日の空もその日の空も浅葱色





企画サイト「t!nt」様に提出した作品です