遠い昔の記憶を引っ張り出すと、すぐに蘇るのはあの人の心配そうな顔。
ボロボロで、いつ死んでもおかしくなかった私を拾い上げた、近藤さんの心配そうな表情。


「おはようございます!」


お盆片手に今日も走る。ひたすら、屯所の廊下を走る。
それが女中である私の仕事。

行き交う隊士の皆に朝の挨拶をしながら、向かうは局長の私室。
私に起こされないといまいち目覚めの悪い彼を、今日も起こすためだ。


「近藤さーん! おはようございます! 朝ですよー!」


障子を勢いよく開ければ、布団を体全部に被せて丸まっている彼がいる。
私の声に気づいたのかひょっこりと、寝ぼけ眼のまま顔を出した。
いつもはキリッとしている目も、朝だとこうなる。
それを知っている女の人ってきっと、この町で私だけ。


「起きて下さい! もう朝ご飯できてますよ!」

「んー……あと五分……」

「そうやってこの前二度寝して、見廻り遅刻しそうになったでしょー!」


布団から半端に出ている腕を、グイグイと引っ張る。
駄々っ子のように行動するこの人が、本当にあの時助けてくれた人なのかと、たまに疑ってしまう。

私の住んでいた小さな町が、過激派の攘夷志士に襲われたのはもうずいぶん前の事。
町に住んでいた人皆が犠牲になったその事件の、唯一の生き残りである私は
あの時攘夷志士を捕まえに来た近藤さんに助けられた。

行く当ても、身内も失った私に近藤さんは居場所と、新しい家族を与えてくれた。
それだけじゃない。傷ついて、殻に閉じこもってしまった私の心を優しく、時間をかけてゆっくりと開かせてくれたのもまた、彼で。


「もう、が二度と傷つかないように、俺が絶対に守るから」


傷だらけの小さな、私の両手を握ってそう言ってくれた近藤さんに
私の人生全部を捧げようと、残らずあげようと思ったのも、その時だった。


「全く……本当にこの人はもう……」


ボーッと昔の事を思っていたら、近藤さんは私に腕を捕まれたまま
またその目を閉じて、嬉しそうに夢の世界で遊んでいる。
壁にかけてある時計を見て、あと五分だけ。
そう思いながら、近藤さんの横に腰を下ろす。

いつもは立っている髪も、くしゃくしゃで
そっと、風に揺れる髪に指を通すと、思いの外柔らかい髪質。


「……そんな事されると、照れるんですけど」

「へ?」


気づけば近藤さんは、頬を染めて私を見上げていた。
その顔の半分は枕に埋められているけど。
「起きたんですか?」と聞けば「とっくに起きてたよ」と。
時計を見ると、さっきの時刻からすでに十分が経っている。

気づけば、唇は緩やかに弧を描いてた。


「なんで笑ってるんだ?」

「別に……ただ、幸せだなぁ、と思って」


こうして、彼を起こす事ができる事。
毎日を大好きな人と、大切な人達と過ごせる事。
ほんの些細な事だけれども、確かにそれは温かくて、同時にすごく幸せ。

近藤さんの髪に触れていたはずの手の平に、熱が伝わる。
見ると、私の手の平を握る彼がいて、くん、と彼の胸に引き寄せられた。


をこうして抱き締めてる方が、俺は幸せだけど」


まるで、子どもみたいに体温の高い彼の腕に抱かれて
胸の奥が軽く締めつけられるような、そんな気持ちになる。


「ね、近藤さん」

「ん?」

「覚えてる? 近藤さんが私のこと、ずっと守ってくれるって言ってくれた事」

「……さあなァ」


白々しいくらいに目を背けて、また頬を赤くしながら言う。
この人は本当に嘘を吐くのが下手な人。
少しおかしくって小さく笑った。


「あの時、私思ったんだ」

「なんて?」

「……一生、この人の後ろを歩いて行こう。残りの人生、全部あげちゃおうって」


笑ったまま頬を、彼の大きな胸にすり寄せたら、そっと頭を撫でられた。
大きな手の平から伝わる愛情は、いつだって安心させてくれる。


の、残りの人生が俺のものだったら、俺の人生も全部のものかもな」

「え?」

「一生守るって言っただろ?」


思わず見上げれば、あの時と同じように笑う近藤さんがいた。
きっと、あの時から私達は捧げ合ってたのかもしれない。

あなたには、私の人生を。
私には、あなたの人生を。

それは、何にも変え難いくらい大きくて嬉しい贈りもの。
あなたがいる私の人生。あなたの人生には私がいる。
それが幸せの形だと、そう思えるよ。





企画サイト「root you and me」様に提出した作品です