真っ赤な世界で、私も真っ赤になって
周りを見渡せば大切な人達、みんなみんな真っ赤になっている。
その目からは光が見えなくて、見えるのはこっちじゃない別の世界の色。


「総悟……」


返事はない。知っているのに繰り返すその愚行を、誰も止めはしない。
だって、止める人なんてここにはいないから。


「トシ……?」


その手に握られているのは刀でも何でもなくて、ただ己の血を握り息絶えている大切な人。


「近藤さん……どこ、近藤さん……!」


どこにも影は見当たらないのに、確かに後ろには何かがその存在を示しながら、私を追いかけてきている。
正体不明のそれから逃げるため、大切な人を探すため
足場の悪い見知らぬ地を、私は走る、走る。

涙が頬に張りついた血液を流す。
それでも、固まってしまったそれは容易に流れ落ちる筈もなく
ただ、途中の道で涙と血が混じって。


「近藤さん!!」


どこをどう走ったのか、何をどうしてここに辿り着いたのか全く検討もつかなかったけれど
そんな事よりも今目の前で誰かと対峙している、大切な人の名前を叫ぶしかなかった。


「近藤さん!!」


でも、なぜだろう。
彼には私の声なんて、これっぽっちも届かなくて。
いくら叫んでも、いくら泣いても彼は振り向くどころか見えない相手により近づいていく。
ダメだ! と叫んでも、やめて! と懇願しても、大きな背中をピンと張って、前に進んでいく。

瞬間、また赤い物が広がる。

私の聞こえない叫びと同時に、近藤さんが崩れ落ちる。
その崩れ落ちた場所から見えたのは
彼の血に塗れて笑う私だった。


「いやああああぁぁっっっ!!」

?!」


勢いよく起き上がれば、そこはいつもの寝床とは違う。
はっはっ、と肩で大きく息をして、ぐっしょりと濡れた髪、握り締めて赤くなり過ぎている手の平。
横を見れば、あの場面で倒れた近藤さんが、心配そうに私を覗き込んでいた。


「大丈夫か? すごいうなされてたぞ」

「……っ、ここ……はっ?」

「俺の部屋だよ」


言われて確認すれば、私の部屋より幾分大きい近藤さんの部屋で
二枚敷かれた布団、片方には私、隣には近藤さんがいる。

今だ何も話さないで、肩で息をしている私を心配そうに気遣う彼を見て、やっと解放された気持ちになった。
それと同時に流れ始める、涙がひどく熱く感じて。


「……っ夢、を……見て」

「どんな?」

「真っ赤な場所で、皆が倒れてて……っ」

「うん」

「怖くて、何かに追われててっ……それで、逃げて逃げて……そうしたら近藤さんがいて……っ」

「俺がいて?」

「誰かに……っ斬られて……斬ったのが、私っで……!」


ぐちゃぐちゃになっていく頭の中で、響いたのは「大丈夫だよ、俺はちゃんとここにいるから」と優しい腕と声で。
それは、間違いなく近藤さんのもので。

思い出したんだ。
今日私は、初めて刀で人を斬った。
相手は攘夷志士で、逮捕するために手傷を負わせた。
そんな事、真撰組に務めていれば今後、当たり前になる行為だけど。

あの瞬間、斬った感触
相手の声と表情、動き
全てが今、夢になって私を苦しめた。


「……っ、私……こんなんでっ、やっていけるのかなぁ……!」


初めてで、疲れたろ? と優しく笑う近藤さんに、ちょっとだけですけどね、と強がりを言った。
けれど、そんな強がりもこの人の前じゃ無意味で、今日は久しぶりに一緒に寝るか! なんて笑われたら
心も体もヘロヘロになってしまった私は、はい、としか言えなかった。

大きな手の平が、頭と背中を優しく固定する。
ようやく呼吸も落ち着いてきた私に、近藤さんが
丁寧に、丁寧に言葉を降らせてくれる。


「やっていけるさ」

「……っう」

「もし、が今日みたいにうなされたら、俺がまたこうやって起こしてあげるよ」

「ふ、ぅ……」

「やっていけなくなったそん時は、俺が全身かけて支えてあげるからさ」


だから、もう少し頑張ってみような?
ニカッと笑った近藤さんの顔は、夜に浮かぶ太陽みたいで
夜に浮かぶ太陽に励まされた私は、その太陽に頑張ると誓った。
だけど、今だけはもう少し甘えていたい、と
彼の浴衣を握り締めて伝えたら、俺が我慢できたなら、なんて。

もう少し、頑張るよ。
あなたがいる、この世界で。