毎年の恒例行事になっている花見にやって来た万事屋は、こちらもセオリー通りにある一行と鉢合わせていた。
「え、何これ。デジャヴ? 何回目? 何回目よこれで」
相手を指さしながら銀時は捲し立てる。
さされているのは真選組。
先頭に立つ土方も同じような顔で悪態をついた。
「うるせぇ。そっちこそ毎度毎度邪魔しやがって。今度という今度はお前らがどっか行きやがれ」
「一般市民におまわりさんがそんな事言っていいんですかぁ〜?」
「桜の肥料にしてやろうかこの野郎!」
「まぁまぁトシ。そうかっかするな」
近藤が刀を抜きそうな勢いの彼をたしなめる。
場を治めるためでもあったが、何より銀時の後ろにいるであろう人物とあわよくばを狙っているからこその行動だった。
彼の思惑通り万事屋三人の他にも参加者がいた。
意中のお妙を見つけ頬がだらしなく緩みそうになった時、もうひとりの姿を認めた。
お妙の隣に立つその人は、同じスナックで働いているだった。
近藤が店に行った時、何度か席に着き話し相手になってもらった事がある。
お妙は前方で勃発している事に見向きもせず会話をしているが、相槌を打っている彼女は気が気ではなさそうだ。
最早この状態に今更驚いたり慌てる者などいるはずもなく、の反応が新鮮だった。
彼女の姿は店にいる時と変わらない印象だった。
スナックで働いてはいるがあまり着飾る事もせず、会話や仕草もわざとらしい素振りなどなく自然体だったように思う。
と話しているとその場が店ではなく、まるで自宅でのんびりと過ごしているかのように思えてしまうのだ。
特別目立っているわけではないため指名の上位という事はないが、定期的に来る固定の客はそこそこにいるようだった。
ちらちらと銀時と土方の様子を窺っていた彼女の視線が、近藤を捉える。
するとすぐさま、咲き誇る桜に負けないくらいの笑顔を浮かべた。
それは決して店では見た事のないような代物で、勝手に心臓が跳ねる。
は隣のお妙に声をかけ、近藤の方に手の平を向けた。
示された方を向いた彼女の表情は変わらなかったが、背後に般若のようなものが浮かび上がる。
お妙の態度の変わりように苦笑いを零していた。
例の如く新八と山崎が場を収拾し、なんとか花見が始められた。
持ち寄った弁当や酒を豪快に平らげていけば、場が一層明るくなる。
近藤も隊士達から代わる代わる酒を注がれ、それを勢いよく飲み干していった。
弱いわけではないが相当量を収めたせいか、程よく酔いが回っていた。
そしていつものようにお妙にアタックをしては殴り飛ばされ、また飛び込んではダークマターを口に詰め込まれたりしていた。
「……んあっ」
いつの間にか真っ暗になっていた意識の世界に清潔で柔らかな香りが届き、反射的に瞼を開けた。
視界に飛び込んできたのは桜色とその後ろに透けて見える空。
今のは一体なんだったのだろうかと体を起こせば、見覚えのない翡翠色の膝掛がずり落ちる。
どうやら香りのもとはそれだったようで、ふわりと同じ匂いが届く。
見るからに女性物で、お妙がかけてくれたのではときょろきょろと彼女を探した。
「おはようございます」
後ろから声をかけられ振り向けば、近藤の横に膝を折るがいた。
「お水持ってきたんですけど、飲みますか?」
「あ、はい……ありがとうございます」
「いいえ」
紙コップを受け取り、喉を潤す。
常温のそれはゆっくりと体に沁み渡っていった。
「お代わりはいりますか?」
「いえ、大丈夫です」
「暑くなかったですか? それ」
そう言って彼女は膝掛を見た。その言葉で近藤は、持ち主が目の前にいると悟った。
「暑くなかったです。むしろ丁度いいくらいでした」
「それならよかった。ここで寒そうにしてたから、風邪ひいたりしたら大変だと思って。そのまま使ってください」
言いながら近藤の周りに散らばる皿や箸などを片づける。
彼が横になっていたのは、どんちゃん騒ぎからずいぶん離れた端の所。
は宴の真ん中で細々と給仕や片づけをしていたはずだと近藤は思い返した。
彼女だって羽目を外して楽しんでもいいのに、それでも周りに気を配りながら笑っていた。
さらには勝手に寝こけていた自分の所にまでわざわざやって来て、こんな気遣いまでしてくれた。
店で近くに座った時ですら意識をした事なんてなかったのに、だんだんと心臓の鐘が速くなっていくのを感じていた。
「あのっ……」
「おーい、ちょっと頼むわ」
意を決して改めて会話をしようとした瞬間、少し離れた所から銀時がを呼んだ。
「ごめんなさい。呼ばれたみたいです」
すっと立ち上がり自分を呼んだ彼の方へと歩いて行く。
その背中をただ黙って見つめるしか近藤にはできなかった。
空色の着物に降り注ぐ桜の色が、悲しくなるほど美しく目に映る。
彼女が隣に立つと二人は何か話し始めた。内容は全く届かずどんな言葉を交わしているのか見当もつかない。
ふと銀時が視線に気がついたのか顔をそちらに向けた。
そして近藤の表情を見て何かに感づいたのか、あからさまに歪んだ笑みを浮かべる。
しまったと思ったが時すでに遅し。銀時がに何かをささやいた。
きょとんと抜けたような顔をしてから、頬が薄く色づいた。
ゆるりと近藤の方を見てほほ笑む。
それを見た彼は、心の中で蕾が開くのを確かに感じた。
会釈をすると彼女は再び騒がしさの真ん中に赴いていく。代わりに銀時が近藤の所へとやって来た。
「へえぇーあっそう……」
「……なんだ」
「別にぃ。いやいや銀さんはね、大切な友人の恋路を邪魔しようなんてこれっぽっちも思ってないから」
「お前、俺のことをそんな風に思ってくれてたのか……!」
「今言ったのはゴリラさんのことじゃなくてアイツのことね」
親指が指していたのは、土方と沖田のとばっちりを受けた新八と山崎を介抱している。
「……恋路?」
「おう、恋路」
「……えええええええぇぇぇぇぇっっっ!?」
もうひとつの春が重なるのは、それからもう少し後の話。
頬に咲いた桜