毎日、イライラする。途方もないくらい、イライラしている。
原因は分かっているのだけれど、自分ではどうしようもないので、この苛立ちが解消される事はない。
それでも、それを億尾にも出さず、今日も私は笑顔を貼りつけて仕事に励む。

一日の業務を終えて、疲れた体を引き摺りながら屯所に戻り、門を少し行った所で副長と出くわした。
彼もげんなりしている。当然だろう、平隊士の私なんかよりも、副長である土方さんは遥かに忙しい。


「おい

「はい」

「お前、この後時間あるか?」

「ありますけど……。何かあったんですか?」


げんなりした顔が、うんざりとした表情に変わる。それだけで、なんとなく察してしまう自分が恨めしい。
次に降りかかってくるであろう言葉を予想した。


「悪ィが、近藤さんのとこ行ってくれねェか?」

「……はい」


いつもの事。そして、私のイライラの原因。
やっぱり私は笑顔でうんざりした顔を隠して、すぐさま局長室に向かった。

障子を軽く叩き、様子を窺う。中にいるであろうその人は、返事をしない。
しょうがないので「局長、私です」と声をかける。
すると、人が動く気配がして、それからゆっくりと障子が横に動いた。


「入ってもいいですか?」

「……おう」


障子の前にあった大きな体がずれる。その横を通って室内に入った。
ふて寝でもしていたのだろう、崩れた布団が目に入る。
吐きそうになったため息を呑み込んで、座布団を引っ張り出して座った。
彼は障子を閉めると、布団の上にへたり込んだ。


「……それで、今日はどうしたんですか?」


大抵、局長がへこむ原因は、彼の意中の人で。
その後始末という名の、愚痴を聞く役目がなぜか私になっている。
女の事は女に任せたい、という事だろうか。至極迷惑な話である。
何が楽しくって、好きな人の恋愛話を聞かなくてはならないのだろうか。
私に向いていない矢印の話を聞く事が、どれ程苦痛か。
でも、私の気持ちを知る人なんて誰もいないのだから、仕方のない事だけれども。


「……お妙さんがな」

「はい」

「……ついに、殴ってもくれなくなった」


道理で今日はどこも怪我をしていない訳だ。
枕を抱えて、うじうじとしている局長を見る。


「もう俺なんて、どうでもいいのかなァ……」


ブチン、と頭の中で何かが切れる音がした。


「そうかもしれないですね」


驚きながら勢いよく顔を上げた局長を、微笑みながら見つめ、言葉を続けた。


「これだけアタックして、いつも暴力を振るわれて、ついにそれさえもなくなったら、おそらくそうでしょうね」

……?」

「彼女に限らず、他の女性でもそうなりますよ。局長が今のままじゃ、きっと誰にも好きになってなんかもらえないです」


局長の眉間に皺が寄り、眉尻が下がっている。口はやや開いていて、ああ、傷ついているんだな、と表情で分かった。

我ながら、とてもひどい事をいけしゃあしゃあと、しかも笑いながらよく言えたもんだ、と思う。
曲がり形にも、私は目の前の人を好いているというのに。

今にも泣きそうな顔をした局長は、また下を向いてしまう。
そっと近づいて、両頬を包み込んで顔を上げさせる。


「でもね、そんな局長でも……私なら愛してあげられますよ」


とっておきの、最上級の笑顔で、そう囁く。





笑顔でにもない事が口を飛び出してくる





本当に愛されたいのは、自分のくせに。



Title by Lump 「ごめんね」の5つの理由