桜が満開だったのは、少し前の事で。
葉桜も綺麗だと思う頃、新学期が始まった。
二年間通い慣れた道を歩く。見知った顔に挨拶をして、学校へと到着した。

校門をくぐって、新しいクラスが書かれている掲示板の前へと足を運ぶ。
ずらりと書かれた生徒の名前。その中から自分の名前を探す。
自分の名前に辿り着く前に、いくつか仲のいい友達の名前を見つけた。
その子達と同じクラスだといいな、なんて考えながら探すも名前は見つからなくて。
ようやく見つけた私の名前は、三年Z組の紙に書かれていた。

クラスメイトの名前をつらつらと見るが、あまり馴染のない名前ばかりで、少し不安を覚えた。
唯一分かったのは、同じ風紀委員の土方君と沖田君だけだった。


! クラス分かれちゃったね」

「うん……」

「見たらあんたのクラス、ほとんど知ってる人いないでしょ。人見知りなのに大丈夫?」

「……なんとかなるよ」


本当は、今にもクラスを変えて欲しかったけれど、そんな我侭通る訳もない。
友達にへらりと笑って、新しい教室へと向かった。



教室に着くと、そこは動物園でした。
なんてフレーズが思い浮かぶ程、とても騒がしい教室だった。

見覚えのある土方君は鬼のような形相で、こちらも見知った顔の沖田君を追いかけていた。
黒髪が少し長いあの人は、バトミントンのラケットを振り回しているし
朝からちくわを食べている女の子に、笑顔で大柄の男子を殴り飛ばしている女の子。

華奢な女の子が大柄な男子を殴り飛ばす光景なんて、そうそう拝めるものでもなくて
思わず見入っていたら、目の前が真っ白になった。

がっしゃーん、がたがたん! と大きな音が耳元で鳴る。
背中が痛いのに冷たくて、体全体に結構な重さが圧し掛かってきた。
目を瞑ってしまったから、何がなんだかよく分からない。ただ理解できたのは、どこもかしこも痛いって事だけ。
うう、と唸ると、重みが一気に離れた。


「うわ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?!」

「う、うぅ……」


目を開けると、蛍光灯を隠すように誰かが私を覗き込んでいた。
逆光で顔なんか分からなかったけど、相当焦っているのは声で分かった。
私はなんとか大丈夫だと伝えようとするけど、息がうまくできないうえに、体はやっぱり痛くて
目を何度かパチパチするので、精一杯だった。


「俺、この子保健室に連れてくから! トシ、銀八に言っといてくれ!」


ふわりと、体が浮かぶ。
右頬に布越しの体温を感じた。
一体、私は今どんな状況なんだろうか。
何度か瞬きをして、それから完全に視界を取り戻すと、飛び込んできたのは顎ひげだった。


「ひ、げ……?」

「お、気がついたか!? 本当に悪い事した! すまん!」


大きな声で謝られる。ひげから視線を上にずらせば、焦ったような表情の男の人がいた。
きりっとした目に、八の字に下がっている眉、少し焼けた肌。
それから自分の置かれている状況を思い出して、一気に意識が覚醒した。


「あああ、ああ、あの! な、なんで今、私、あの、こんな、その状況、になってるんですか?!」

「俺がお妙さんに殴り飛ばされて、その下敷きになったんだ。本当にごめん」

「そそそ、そう、ですか……」


人生初のお姫様抱っこは、心なしか霊長類に似ている男の人にされました。
そして、そんな彼に少なからず心臓の音を早くしている自分がいて。
新しい学年になって早々、ついていないのかついているのか分からない。

どうやら、そうこうしているうちに保健室に着いたようで。
彼は器用に足で扉を開けると、ズカズカと中へ入っていった。


「先生はいないみたいだな……。勝手にベッド借りるか」


そっと、壊れ物みたいにベッドへと下ろされる。
隣に丸椅子を置いて、彼はそこに座った。


「運んでくれてありがとう」

「いや、完全に俺が悪いんだ。本当にすまなかった」

「ううん、私こそぼーっとしてたし……」


気まずい沈黙が流れる。耐え切れなくなって、私から言葉を投げてみた。


「あ、あの……名前」

「え?」

「あなたの名前、なんて言うの?」

「あ、ああ。俺は近藤勲」

「私はです。同じクラスだね、よろしく」


掛布団から手を出して、握手を求めた。
やや面を食らったような表情をして、それから手の平を重ねてくれた。
少しささくれ立った手は、温かかった。


「その……具合は大丈夫?」

「うん、もう痛みも引いてきたし、大丈夫だと思う」

「でも一応、先生に診てもらった方がいいよな」

「そうだね」


近藤君はキョロキョロと辺りを見回すと、それから私を見て大きくため息を吐いた。


「本当に悪い事した。申し訳ない」

「そんなに謝んなくていいよ。さっきも言ったけど、私もぼーっとしてたのがいけないんだし」

「でも……」

「それに、ここまでわざわざ運んでくれたし。近藤君って優しいんだね」


安心させるために、にっこりと笑う。
すると、近藤君の頬が少しピンク色になって、視線をあちこちに飛ばし始めた。


こそ、優しいんだな。もっと怒ってもいいのに」

「そんな事ないよ。近藤君の腕の中、結構心地よかったよ」


冗談のつもりで、そう言うと、ついにピンクが赤く染まった。
それから、あー、とかうー、とか近藤君は唸って、それからぽつりぽつりと話し始めた。


「俺を殴り飛ばした子、志村妙さんって言うんだ」

「そうなんだ」

「……俺、その子のことが好きで、ずっとアプローチしてたんだ。でもいっつも拒否されてて……」

「そうだったんだね……。辛かったでしょ?」

「え?」

「好きな子に拒否されたら、すごく辛いと思う。なのに、それでもめげずに頑張る近藤君、すごいと思うよ」


さっき握手した手で、近藤君の手を握った。


「私だったら、そんなにアプローチされたらOKしちゃうんだけどな」


軽い気持ちだった。
今まで生きてきて、劇的な恋愛をした事もなく、特に求められた事もない私にとって
近藤君の話はとても不思議で、それでいてとても羨ましく感じられた。


「……女神だ」

「え?」

さん!! 俺と結婚を前提にお付き合いしてくださいィィィ!!」

「ええええええ!!?」










ひとつ新たな学年










新しい学年は、色々と新しいものを運んできてくれたようです。



Title by 瑠璃 「春夏秋冬の恋20題 春の恋」