「と言う訳で、しばらく万屋に置いて下さい」

「いやいやいや、訪ねて来て早々土下座しながらそう言われても、銀さん困っちゃうから。てかどういう訳?」


玄関前でそんなやりとりをしていると、後ろから新八君に「何やってるんすか」と声をかけられた。
顔を上げて住み込みで雇ってもらえるようお願いしてるの、とだけ言う。


「相変わらず、さんは唐突ですね」

「お前も何冷静に対処してんだよ!」


はいはいとりあえず中に入りましょうね、と私と銀さんを部屋の奥へと進ませる新八君。
彼もずいぶん苦労しているんだろうな、なんて事を、哀愁漂う背中を見ながら思った。


「で、結局どういう風の吹き回しなの?」


向かいに座る銀さんがそう聞いてくる。
新八君が出してくれた麦茶を飲みながら「どうしても聞きたい?」ともったいぶってみた。
そうしたら銀さんが珍しく真顔で「早くしろやコルァ」と凄んできた。
最近暑くなってきたうえ、ここは冷房がないからイライラしてるんだろう。ならクーラー買えばいいのに。


「アイツと喧嘩したの。だから真選組辞めてここで働きたい」

「多串君と喧嘩ねェ。なに、痴話喧嘩? ついに銀さんに乗り換える決心はついたの?」

「乗り換える気もないし、痴話喧嘩でもないよ。アイツがおかしいだけ」

「おかしいって……で、喧嘩の内容は?」

「要約して言えば、今度私が隊の副隊長になれる事になったのに、それを報告したら取り止めだって騒ぎ出したの」

「それでその言葉を受けても逆上したって訳?」

「逆上じゃないよ、正当な反抗をしただけだよ」


思い出しただけでも腹が立ってくる。
目の前の麦茶をもう一度手に取って、それを一気に飲み干した。
すると椀子蕎麦みたいに、新八君がすかさずそこにおかわりを注いでくれる。


「……まあ同じ男としちゃあ、多串君の気持ちも分からなくもないな」

「はぁっ?! なんでよ! 本来なら一緒に喜んでくれるべきでしょ?」

「そこが女と男の違いなんじゃねー? っと、そんな事言ってる間にお迎え来たぞ」


え、冷や汗を垂らしながら振り向けば、廊下の一番奥、玄関の扉の向こう側に見覚えのあるシルエット。
明らかに煙草を吸っているであろう仕草。

なんでここに来てるのがバレたんだろう。いや、その前に逃げ道を確保しなくちゃいけない。


「どうせ逃げたってまた捕まるぞ。あいつ、の為だったら喜んで職権乱用すっからなァ」

「そんな風に職権乱用されたって、嬉しくない!」


嫌だー! とジタバタしている間に、銀さんに首根っこを捕まえられて、ずんずんと玄関に近づいていく。
辿り着く前に耐え切れなくなったトシが先に、万屋の玄関を乱暴に開け。


「おいおい多串君、人んちのもんくらい丁寧に扱ってくれますー?」

「るせェ。おい、早くしろ帰んぞ」

「嫌だ」

「……お前の意思は関係ねェ。寄越せ」


物々交換のように扱われる。
二人の男の間を渡るなんて、言葉だけは甘い響きを持っているけれど、この状況は明らかに想像しているようなものと違う。
「じゃあ、お達者でー」とヒラヒラ手を振る銀さんが、無理矢理引っ張られて連れて行かれる私の目に入った。



「忙しいんだから、迎えになんて来なきゃいいじゃん」

「……今は休憩中だ」

「なんで貴重な休憩時間潰して来るの! いつもだったらお前に割く時間はねェ、とか言うくせに!」


馬鹿トシ! と叫ぶと、彼は急に歩みを止めた。
お陰で勢い余ってトシの広い背中に正面衝突する。
鼻の先がジンジンと痛んだ。


「お前、本当に副隊長に就任してもいいんだな」

「な、何、いきなり……」

「どれだけその立場が危険か分かってんのか?」

「……分かってるよ! それでも嬉しかったんだから!」


真選組で初めて、唯一の女隊士。
世間からは冷たく扱われてきて、上からもいつもいつも甘っちょろい目で見られて。
それでも負けじと頑張り抜いて、隊士の誰よりも仕事を頑張ったつもりだ。
その頑張りがようやく認められた、その証だったのに。


「なのに、トシは喜んでくれるどころか、そんなの止めろの一点張りだったじゃん……」


いつも横で私がどれだけ頑張っているかを知っていたくせに。
どれだけ皆に追いつきたくて、無我夢中で必死だったか全部見てきたくせに。
今まで我慢して耐えてきた何かが、涙になって頬を伝う。

頭の上ではあ、とトシのため息が聞こえた。その音が余計に涙腺を刺激する。


「ったく……副隊長になったら今以上に危険に晒されるって事、分かってんのか?」


両頬を柔らかく包まれて、そっと親指で涙を拭われた。
予想外の出来事に私は目を丸くして、その表情がおかしかったのかトシは苦笑いを浮かべる。


「副隊長になれば、今までやらなくてもよかった仕事や責任だって回ってくる。その度危険がついてくんだ」

「……そんなの分かってるよ」

「俺はだな、お前にそんな仕事をして欲しくねェんだよ」

「男女差別反対!」

「差別じゃねえよ。がそれで傷つくのが嫌だっつってんだ」


真剣な顔をしてそんな事を言ってくれるから、涙なんて引っ込んでしまった。
分かるか? と聞かれて思わず頷いてしまう。
銀さんの言っていた事が、少しだけ分かったかもしれない。


「傷つかなかったらいいの?」

「仕事上、それは無理のある話だろ」

「でも、私は上に行きたい! 皆と対等でいたいの!」

「上になんて行かなくても、はとっくの昔っから俺達と対等なんだよ。だからこそあいつらだってお前に背中預けてるだろ」


引っ込めた涙を、今度は強い力で引っ張り出そうとする。
トシは私のことが心配なあまり、あんな風に突っぱねたんだという事を理解した時にはもう、涙が溢れてた。
「不器用だから、心配だって素直に言えないんだね」と涙交じりの声で言ったら、悪ィかよとそっぽを向く。


「それでも副隊長には就任するよ」

「なっ!」


諦めてねえのかよ! と清々しいくらいのトシの声が道端に響いた。





エゴイズム