今日は待ちに待ったハロウィン。
何故こんなにも待望だったかというと、上司で恋人の土方さんに日頃の仕返しとして、思う存分悪戯をしようと企んでいるからだ。

ストイックで仕事熱心な彼は今日は繁華街で大騒ぎが起こる日くらいにしか思っていない。
おそらく由来や仕組みは分かっていないだろう。
私には魔法の言葉が味方についている。それを免罪符にして普段の鬱憤を晴らさせてもらおう。

背負っている鞄の中には色々な悪戯道具が入っている。土方さんが今日は忙しくない事も把握済みだ。

屯所の中をうろうろとしながら彼を探していれば、長廊下でようやく後ろ姿を見つけた。

「土方さーん!」

呼び止めれば振り返る。相変わらず人の裏を探ろうとする鋭い目つきだ。我が恋人ながら震えが来る。
企みがバレないよう、素敵な笑顔を浮かべて近づいていく。

「どうした、その妙に企んでるような笑い顔」

「うえっ?! そ、そんな事ないです!」

「……ほう」

あなたの方が企んでいるような顔ですとは言えなかった。

直感でまずいと感じた。
詳しい事は分かっていなくても、絶対に彼は何か感づいている。
このまま実行に移せば何かしらの報復があるかもしれない。ここは一時撤退した方が吉だ。

「ははは……いやー何を言おうとしたのか忘れちゃいました」

「そうか。それで、背中にあるそれは何だ?」

「え」

ご丁寧に指までさして指摘されたのは、選びに選び抜いた悪戯道具。
素直に言えば没収される事間違いなし。

「これは……」

「これは?」

「さ、さっきそこで出会った青い狸さんから預かった、大事な代物です! 中を見るなと言われたから何が入ってるかは……」

「明らかに不審物だな。見せてみろ」

「えっ?!」

そこまで深く追求してくるとは思ってもいなくて、目を開き俯いていた顔を上げた。
すると土方さんは、全て分かっているような顔つきで笑っている。

「……あ! 局長に呼ばれてたの思い出した! それでは!」

勢いよく翻り、局長室とは反対の方へと走り出した。
追いかけて来ないところを見ると、やはり何かしらは気がついているようだった。

それから幾度となく機会を窺ってはいたものの、やはり副長ともあれば忙しくないといっても忙しいものだった。
さすがに悪戯がしたい程度で仕事の邪魔をするのははばかられたし、時折こちらに寄越す眼光は挑発しているようにしか見えなかった。
やれるもんならやってみろ、と。
そんな彼に突撃し悪戯をするというのは、最早自殺行為に等しい。

けれど私の背中には、今か今かと出番を待っている悪戯っ子達がいる。
これを集めるのに一体どれくらいのお店を回った事か。

空の色は、ジャックオランタンに負けないくらいのオレンジ色。もうすぐ今日という日が終わってしまう。
一念発起し、勢いよく立ち上がった。

「土方さん! トリックオアトリート!」

厠から出てきた彼に突撃をかました。
さすがにこんな所で言われるとは思ってもいなかったようで、とんでもなく珍しい表情を見る事ができた。
もうこれだけでも充分かもしれない。

目を丸くしてきょとんとしていると若干幼く見えるな、なんてどうでもいい事を考えていると手を掴まれた。

「へっ?」

大胆な事をする、と一瞬心臓が高鳴ったが何かを握らされすぐに放された。

「これでいいんだろ?」

勝ち誇った笑みと手の中にある小さなチョコ一粒を交互に、何度も見る。

「知ってたんですか……!」

「お前の考える事なんざお見通しなんだよ」

今度は得意気な表情で私を見下ろす。あまりの悔しさに地団駄を踏みたくなった。

「と、トリックオアトリート!」

どうせお菓子なんてこれ一つくらいしか持っていないだろうと、もう一度高らかに叫んだ。
しかしまたも手を握られ、今度は一口煎餅を乗せられる。

「くっ……!」

「だからお見通しだって言ってんだろ」

さっきの可愛らしくも見えた顔はどこに行ったのか、大魔王みたいに偉そうな顔をしている。また地団駄を踏みたくなった。

「こ、これで終わりと思うなよ!」

下っ端のあまり強くない雑魚キャラのような科白を吐き、またも一時撤退を余儀なくされた。

「今日もあと数時間だからな、せいぜい頑張るこった」

逃げる私の背中に、憎たらしい激励の言葉を掛けてくれた。


それから何度魔法の呪文を唱えても、その度色々なお菓子を渡される。
私の隊服のポケットや鞄の隙間には、これでもかというほどお菓子が詰まってきた。
そもそもあの人はこれらをどこに隠していたんだ。

食堂で遅い夕飯を食べ時計を見れば、もうそろそろ布団に入らなくてはいけない時間だった。
悪戯道具はまだ一度もお披露目されていない。

「煮詰まってるみたいだな」
可愛さ余って憎さ百倍とはこの事か。恨めしく振り返ればにやにやと笑っている土方さんがいた。

「……トリックオアトリート」

「お前も懲りないな」

そう言って、もう何個目分からないチョコを貰う。

「一体どこにこんなたくさん隠し持ってるんですか」

「……どっかの青い狸にポケット借りてんだよ」

そっぽを向いてそういう彼の頬は、薄く色づいていた。

「トリックオアトリート」

自分の耳を疑った。外していた視線を戻せば、してやったりな顔の土方さん。

「……今、なんと仰いましたか?」

「トリックオアトリートだ」

お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ。まさしく魔法の呪文、悪戯の免罪符だ。

「え、ちょっと待ってください」
自分がする事ばかりを考えていて、まさか彼から言われるとは思ってもいなかった。
ポケットを漁るも出てくるのは土方さんから貰った物ばかり。

「……こ、これを……」

「これは俺がやったやつだろ」

「うっ……」

「だから無効だな。菓子がなけりゃ……分かってるよなァ?」

屯所内に私の悲鳴が響き渡った。



策士と策士の探り合いハロウィン