私の愛おしい人は、案外子どもっぽい。
おばけとかそういう類が苦手なところとか、からかわれるとすぐムキになるところとか。
普段はとても冷静で、人を支えて、いらない苦労までしょい込んでしまうけれど。
時折見せられるそんな、子どもっぽい部分、私はどうしようもなくて。


「……十四郎?」


一日の終わり、お風呂から上がって自室の前まで行くと、普段ならいない筈の彼がそこにいた。
背中を向けていて、私が名前を呼ぶと、ぎくりと肩を揺らす。


「どうしたの? 明日も朝早いのに」

「……

「ん?」


どうやら彼もお風呂上りのようで、その髪はしっとりとしている。
春先と言えど、夜はなかなか冷える。風邪をひいては困ると思い、彼の腕を引いて部屋の中に入った。
きっと、何か用事があったのだろう。だからここにいるんだろうし。

部屋の中は照明のおかげで、お互いの顔がやや分かるくらいにぼんやり明るい。
お風呂に行く前に敷いておいた布団に座る。
必然的に彼を見上げる形になって、首が少し痛んだ。
座れば? と視線で言えばそれに従うように、彼が隣に座る。
ただ私の顔は見ないで、前をじっと見ていた。
じっと、その横顔を見つめてみる。

顔色は、疲れているんだろうか、少し悪い気がする。
唇は一文字に結ばれていて。
最後に瞳を見ると、それは何か不安げに、そして何かにやや怯えるように揺れていた。
こうなると、いよいよ本格的に心配になってくる。


「十四郎、何かあったの? 私でよければ、話、聞くよ?」

……」


こちらを見て、そして助けを求めるような視線を投げてきた。
安心させるように、唇で弧を描く。


「……笑わねェか?」

「え、あ、うん」


唐突でいてよく分からない質問に、やや面を食らうもすぐに肯定の返事をする。


「……頼む。今晩、一緒に寝てくれねェか……」


言葉を受け取り、よく咀嚼して、意味を理解した途端
私の頬が急激に熱を持つ。
そんな私の反応を見て、十四郎の頬も少し染まって。

決して、私達が清い関係だとか、そういう意味ではない。やる事はちゃっかりやっている。
ただ、こんな風に面と向かって言われた事なんてなくて。


「ばっ……勘違いすんなよ! 今日はそういう事はなしだ!」

「え、っと、そうしたら、一体……?」

「……総悟の野郎に、妙な話を聞かされて」


今度は照れ臭そうな表情を浮かべて、もごもごと話す。
それで、ようやくピンときた。


「怪談話とか、ホラー系の話されたのか」

「ばっ……!」


慌てたような顔をして、でもどうしようもなかったのかそのまま、また前を向く。
少しして小さく「……悪ィかよ」と呟いた。

頬が緩むのを、どうやって我慢しよう。
きっと気づかれたら、彼はとても不機嫌になってしまうだろう。
もしかしたら、自室に帰ってしまうかもしれない。怖いのをなんとか押し込めて。
それは彼にとって、とても酷な事だろう。


「総悟には、私から言っておくよ」

「……そうしてくれ」

「布団、別々に敷く? それとも、狭いけど一組だけでいい?」


十四郎は布団を一瞥すると「一組でいい」とだけ言う。


「じゃあもう寝よっか。明日も早いし」

「そうだな」


行燈の所に行き、明かりを落とす。
掛け布団を捲って、ふたりで中に入る。向かい合うように、横になった。
さっきより顔が見づらいけれど、暗闇に慣れてくると十四郎の顔が見えた。
彼は、じっと私を見ていた。


「……なあ」

「ん?」

「抱き締めていいか?」


いい、と言う前に、私は彼の腕の中にいた。

普通ならあまりこういう事を、面と向かって言われる事は少なくて。
どうしようもない程うるさい心臓の音が、十四郎に伝わりませんように、と祈りながら瞼を下した。





あんまりらせないで





Title by rewrite「人でなしの恋五題」