たとえば、今すぐ目の前で泣いたら抱き締めてくれるかな。




好きな人に好きな人がいて、そうすると必然的に自分は好きな人にフラれるわけで。
傷つくのが嫌なら諦めればいい。他の人を好きになればいい。
それがダメなら傷ついてでも、誰かを傷つけてでも奪う。
簡潔でいて非常に答えの出しづらい、数式みたいな言葉の羅列に、いい加減嫌気がさす。


「銀ちゃん」


目の前を歩くその人に声を投げても、彼は生温い返事をするだけで振り返りはしない。
つい先日彼に、さっちゃんと付き合い始めたって本当? と聞いた時も、生温い返事しかくれなかった。
だから、詳しい経緯は知らない。

あの人は銀ちゃんが好きだし、美人だしいい体してるし、強いし。
私なんかと比べたら月とスッポンだから。

でもね、銀ちゃん。

君に一番近いのは私だって、ずっと思ってたんだよ。

さっちゃんよりも、神楽ちゃんよりも、お妙さんよりも。それこそ新八君よりも。
繋いだ手の平に流れる血液が、一番温かい瞬間に隣にいるのは私だって。
ずっとずっと、そう思ってたんだ。


「銀ちゃん」


でも君が選んだのはあ人。君が好き過ぎて、ストーカーにさえなってしまうあの人。
私なんかじゃなくて、さっちゃん。
もうさっちゃんの名前は呼べなくなりそうだよ。

仕事終わりに家まで送ってくれるのは、銀ちゃんの役目だった。
一度だけ、痴漢に襲われた事のある私を心配して送ってくれた事が、それがいつの間にか習慣になって。
嬉しかった。店先の扉を開ければ、銀ちゃんがいつも手を振って待っていてくれたから。
きっと、それももうすぐ消えてなくなってしまう。それこそ、蜃気楼みたいにすぅ、と。

その広い背中に抱きついた事もあった。
逆に私よりも大きな体全部で、抱き締められた事もあった。
全部酔った上での話だけど、それでも嬉しかったんだよ。
涙が溢れるくらい嬉しくて、幸せな苦しさだったの。


「銀ちゃん」


街灯のない土手を歩けば、見えるのは満天の星空。
その下でフラフラ動いてる君を見ると、胸の奥が痛くなる。
きゅん、なんて生易しいものじゃない。ぎゅ、と思い切り掴まれる痛み。

白に近い銀が風に揺れるのを見るのが好き。
だるそうに歩いてるのに、妙にピンとした背筋が好き。
男らしいのに綺麗な手の平が好き。
」と呼んでくれる、低い声が好き。
私よりも綺麗な色をした目に映してもらえるのが、好き。

全部好きだよ。きっとずっと好きだよ。

おじいちゃんおばあちゃんになっても、この気持ちは消えてくれないだろう。
それくらい、大きな大きな、キラキラした気持ち。

銀ちゃんの背中が止まる。ああ、歩くのを止めたんだ。
彼が振り向いた。その顔はいつもの表情。
一文字に結んだ唇。死んだ目より、少し復活した色の目。
私を見てくれる時はいつも、そんな顔で。






なんで、泣いてんだよ


銀ちゃんが、言う。

それはね、銀ちゃんを好きで好きでしょうがないからだよ。
言えたらいいのに臆病な私は、ここまできても言えなくて。
どうしようもないから、何も言わないでゴシゴシと目を擦った。


「なあ、


銀ちゃんの匂いがする。体温が近い。
掴まれた右手首、そこに集まる熱がひどく儚くて。
全部夢だって。銀ちゃんも私も、存在全てが夢だと。
そうすれば、こんな悲しい気持ちも消えるだろうから。


「俺、嘘吐いた」


嘘。なんの嘘?
私達の関係だろうか。友達ですらなかったのかな。
もしかして、最後の最後ですごい金額を請求されるのだろうか。


「あいつと付き合ったって、嘘」


あいつって、誰?
あいつってさっちゃんのこと?
そう思っていいのかな。勝手に解釈していいの?
上を向いたら、銀ちゃんはただ頷いた。


「な、んで……嘘なんか」

の気持ち、知りたかったから」


銀ちゃんは着物の袖で、私の涙を拭う。
それから両頬を包んでくれて、そのまま額にキスをされた。
額、瞼、頬。の順番
頬に流れていた涙がしょっぱいと、銀ちゃんは文句を言った。


「銀ちゃん……好き、好きだよ。すっごい好き」

「やっと言った」


そう言って笑った顔があんまりにも格好よくて、嬉しくて。
今度は違う色をした涙を流した。
その涙が流れた頬に、また銀ちゃんはキスをする。





涙だけが落ち続ける24時