のどかな雰囲気の万屋のリビングにて、響く音は私の髪がゆるゆる揺れる音。
持ち上がってはパサリ、揺れてはパサリ。その度にシャンプーの匂いがする。


「ねー、銀ちゃん」

「あー?」

「そんな事してて、楽しいの?」

「おー」


なんとも、相変わらず、と言うか彼の性分なのか。
非常にやる気と生気が感じられない返事がきて。

ソファに座らず、それの前に座る私の後ろには、ソファに寝転んでいる銀ちゃんがいる。
ちなみに、ソファに座らないのは、彼が一人で陣取っているからで。
本当は硬い床になんて、座りたくないのに。
そんな事を考えつつも、読んでいる雑誌に集中する。

近頃なぜか銀ちゃんは、私の髪やら何やらを触る。
もちろん、それの七割がエロ目的だけど、残り三割はどうもそうじゃないらしい。
「今日も?」と聞くと「いんや、できればしたいけど、今日はいい。ほら、銀さん優しいから」と言われる。
優しいんだったらせめて週休4日にしようよ、夜の営み。

私だって、四六時中好きな人といれば、女であろうとあられもない事考えちゃったりもするし。
求められると、愛されてるなぁ、ってやっぱり安心するし。
ああ、もう!、私まで変態みたいじゃないか。


「……ムラムラしちゃった?」

「なっ……!」

「さっきっから全然ページ進んでねーぞ」


髪を触っていた筈の銀ちゃんが、急に体を起こして。後ろから抱きすくめられる。
ふわふわの、銀ちゃんの、銀色の髪がくすぐったくて。体を捩ると、体温が伝わってきた。


「し、してない! ムラムラしてません!」

「おいおいさん。そんな昼間っからヤラシイ事言っちゃダメですよ」

「銀ちゃんが言わせたんでしょ!!」

「まーまーまー、じゃあちょっと飯でも食べに行くか?」

「あ、ごまかした!」


耳を手でパタパタさせて、あーって言う銀ちゃんに、もう何を言っても通じない。
ちょっと上がりかけてた拳を、渋々下ろして。
お財布取って来る、そう言って立ち上がった。ずるい、いつも私が踊らされている。
銀ちゃんがよっこらしょ、って言って立ち上がって、私はお財布を持って銀ちゃんの手を握る。



いい天気だ。少し遅めのお昼ご飯を食べに行く道は、連休とあって人も少ないし、陽射がすごく柔らかくて、心地いい。
神楽ちゃんは今頃、公園で遊んでるのかな。
きっと新八君は家事に精を出してるんだろうなぁ、なんて呑気に考えてた。
「どこに行く?」と聞くと「パフェが美味い所」と返される。
確かお昼ご飯食べに行く筈なのに。
じゃあファミレスでいい? と聞こうと思って銀ちゃんの方を見れば。


「……何見てるの?」

「いや、あそこの女、スッゲいい体し……」


銀ちゃんは私を見ると、しまった、って顔をして。
イライラと胸焼けみたいなのと、泣きそうな気持ち我慢して。組んでいた腕を離した。


「そんなにナイスバディの人がいいなら、今から誘ってくれば? 悔しいけど銀ちゃん、大人しくしてればいい男だから」

「いや、褒めてんだか貶してんだか分かんねーよ、それ」

「貶してるし怒ってるの!」


私はバン! と勢いよく銀ちゃんに財布を投げつけて、一人歩き出す。
財布一つで失神しちゃってる銀ちゃんを放っておいて。
滲み出した涙を、袖でぐいっと奥に押し込んだ。

幸せな気分なんて、一瞬で吹き飛んで。
せいぜい私なんて、ペット代わりみたいなものなんだから。
だって愛しい彼女を放っておいて、他の女の人見る?
きっと髪を撫でてたのだって、マイナスイオンかなんかが出てるからだよ。


「銀ちゃんなんて嫌い嫌い、大ッ嫌い!!」


そう叫びながら、江戸の町を闊歩した。


「お前は万屋の……確かとか」


泣きっ面の私に、後ろから声がかかった。
聞き覚えのある声で振り返る。そこにいたのは、いつも銀ちゃんが多串くんって呼んでる
真撰組の副長さんだった。名前は分からない。


「……こんにちは。真撰組の副長さん」

「……副長さんって、お前……土方だ」

「こんにちは、土方さん」


市中廻りか何かの途中らしくて、土方さんはキョロキョロと辺りを見回していた。
「お仕事中ですか?」って確認すれば、ぶっきら棒に「そうだ」って返されて。
その後に「誤解すんなよ、怒ってねェからな」と。
面白い人だなぁ、と思った。


「誤解なんて、しないですよ」

「……あんがとな。そういやァ、今日はあいつはいねェのか?」


土方さんは、自分の指を頭の横でクルクルと回す。
多分あれ、天パの事言ってるんだ。


「いませんよ」

「……なんかあったのか?」

「どうしてですか?」

「だってお前ら、いっつも一緒にいんだろ? それにお前、なんか泣いてるみてーだし」


不機嫌そうな顔が一瞬だけ、気の毒そうに歪んだ。
今、そんなにひどい顔をしているのだろうか。

不器用でも、こんな風にまっすぐで、たとえば自分を好いてくれる人の方が、いいのかもしれない。
別に、土方さんがいいってわけじゃないけれど。
でも、銀ちゃんみたいに何考えてるか分かんなくて、放っておいたら勝手に糖分摂取してるし
あまつさえか、他の女の人を見てデレデレして。

私ばっかり、好きみたいで。


「……うえっ」

「え、ちょ、待て、お前っ……! なんで急に泣くんだよ……!」

「でも、でもっ……好きなんだもん!」

「はぁっ?!」


自分だけがいっぱい好きでも。
他の女の人見て、デレデレしても。
お医者さんに止められてるから、心配して糖分控えてあげてるのに、勝手にパフェ食べてても。
銀ちゃんの、あの、時々見せてくれる真っ直ぐな瞳が。
」って優しく呼んでくれる声が。

銀ちゃんだけが。


「好きなんだもんー……うぇ、ふぇ……っ!」


もう、一度泣き出したら止まらなくて。
土方さんに申し訳ないな、なんて思ってる余裕とかもなくて、ただ泣いていた。
そうしたら、急に温かくなって、声がした。


「ゴルァッ!! 多串のくせに何泣かしてんだよ!!」

「はあああァァァっ!? 泣かしたのはお前だろ!!」

「銀さんはにだけは優しいから泣かしません!!」

「……銀、ちゃん?」


見上げれば、土方さんに向って怒鳴ってる銀ちゃんがいて。
ああ、そうだ、私。こんな銀ちゃんが好きなんだ。
まっすぐ、私だけのために何かしてくれてる、銀ちゃん。
ずっとずっと、何回でも傍でそうしてくれるこの人を見たいと思って、私。


「……?」

「銀ちゃんの馬鹿……」

「え、俺ですか? やっぱり原因俺ですか?」

「なんで、こんなにたくさん好きなのに……銀ちゃんは他の人見たりするの」


銀ちゃんの服をぎゅっと握って、一生懸命声を絞って聞けば、ポリポリと頭をかきながら、銀ちゃんは口を開く。
いつの間にか、土方さんはいなくなっていた。気を利かしてくれたんだな、って。


「いや、マジさっきは本当にすんませんでした」

「……本当にそう思ってるの?」

「おう、てかな。よく聞けよ?」

「なに?」

「確かに銀さん、他の女の人見ちゃうし、ナイスバディのお姉さんは好きよ?」

「……この期に及んでまだ言うか」

「けどな、もう人間の女じゃ比べられないくらい、のこと愛しちゃってんの。だから、俺が女見てたって、結局行き着くのはお前なの」


ああ、恥かしい事言わせんなよなー、って照れ隠しに私の頭をグシャグシャにする銀ちゃんの顔がすごい真っ赤で。
それを見て泣きそうになって、また。
この人、本当に、土方さん以上に不器用だけど、それ以上にまっすぐなんだって、再確認した。


「そうだなァ、俺が学者でが珍獣ってとこか? 珍獣だったら学者の永遠の夢だろ?」





珍獣として愛される





それでもいいかな、永遠に銀ちゃんの一番なら。


Title by インスタントカフェ