せっかくの季節の行事前だっていうのに、銀さんと喧嘩してしまった。
そもそも喧嘩の理由がその行事、ハロウィンだったりする。

「ねえ、ハロウィンどうする?」

そのどうするは当日何をするかを聞いていたのだけど、彼にとっては別の事を問い掛けられていると思ったらしい。

「あー? 特になんも予定ないけどォ」

「……へ?」

「え?」

私はてっきり仮装とかそれっぽい食事を作って、トリックオアトリートなんて言ったりするもんだと思っていた。
けれど銀さんの口ぶりだと、全く何もする気はなかった。

「何もしないの? ハロウィンなのに?」

「ハロウィンなのにっつってもなァ。縁もゆかりもねェしなァ」

「じゃ、じゃあ今年から縁とかゆかり作ろうよ!」

今思えばそこまで必死になる必要もなかった。
ただ私は銀さんや新八君、神楽ちゃんと何かを楽しみたかっただけだった。
それを直接言ったわけではないけど、くみ取って欲しかったのかもしれない。

「えェー、銀さんめんどい事は嫌なんですけどォ」

鼻をほじりながら、私を見もせずそう返された。
その態度に、ひっそりと抱いていた楽しみを粉々にされたような気がした。
きちんと伝えなかった自分が悪いのに。

「……帰る」

「帰るってさっき来たばっかじゃねェか」

「帰るったら帰る! もう来ない!」

「はァ?! 俺何かした?!」

「してくんないから怒ったの! それじゃあさよなら!」

伸ばされた手を避けて、走って万事屋を後にした。

 

あれから会いにも行ってないし、連絡もしてない。銀さんが来てくれる事も電話一本もない。
それも当たり前だろう。啖呵を切り、出て行ったのは私なんだから。

カレンダーの日付はあっという間に三十一に来てしまった。
結局他の誰とも予定を入れず、こうして独り寂しく部屋でしんみりしている。


銀さんは極度の面倒くさがりだ。それはもうこっちがドン引きするくらいに。
だから私みたいな女はもうお払い箱かもしれない。
彼の周りにはもっといい人達がいるし、私みたいなちんちくりんが一人いなくなったところで、痛くも痒くもないだろう。

でも私にとって彼は唯一の人だ。
どんどんおっさん化しているし面倒くさがりだし下品だけど、やる時はやる彼がいつも輝いて見えていた。

「はあぁぁぁ……」

卓上に横顔をべったりとつけ大きなため息を吐く。
灰色の気分は少しも発散されず、むしろため息の分だけ大きくなった気さえする。それなのにまた口から漏れ出てきそうだ。

このまま終わりなんだろうか。ちゃんと別れもしていないのに。
それだけは嫌だ。
こんなままじゃ、きっと次があっても前に進めない。

立ち上がって台所に行く。いらないだろうと思いながらスーパーで買っておいた材料に手を伸ばした。

カボチャを茹でてミキサーに掛けてとろとろにする。裏ごしをしてから砂糖と牛乳を混ぜる。蒸し器に入れて火をつけた。

作業をしながら思い浮かべていたのは、彼がこれを食べてくれるかどうかだった。
無類の甘い物好きだから無下にする事はないだろうけど、それで許してくれるとは限らない。
そうだとしても、何もしないよりかはマシだ。

カラメルを作ろうとした時、インターホンが鳴った。
宅配便が届く予定もないのにと思いながら出ると、そこに立っていたのは意外な二人だった。

「トリックオアトリート!」

「とりっくおあとりーとアル! 早くお菓子ちょうだいネ!」

吸血鬼の恰好をした新八君と、目の部分に穴を開けたシーツを被った神楽ちゃんだった。

「え……二人とも、どうしたの?」

「えっとですね……」

「銀ちゃんにコスプレして姉ちゃんのこと迎えに行けって頼まれたアル!」

「銀さんが?」

言っちゃダメだよ神楽ちゃん! と新八君が慌てている。
素知らぬ顔で、まるでおつかいを頼むように神楽ちゃんにお願いをしている彼が浮かんだ。
目の縁に水分が溜まっていく。

「……もうちょっとでカボチャプリンできるから、それまで中でお菓子でも食べよっか」

そう言えば、お化け二人組は顔を輝かせた。



「……はいどーも、フランケンさんです」

変な色のフランケンシュタインの頭を被った銀さんが出迎えてくれた。
あまりにも今まで通りだったから、すっかり謝るのを忘れてしまいそうだった。

「あ、の……私」

「まァとりあえず中入れば?」

ぶっきら棒に言われて、やっぱりまだ怒っているんだと顔を俯かせてしまう。
それでも言われた通り上がらせてもらった。

「……わぁ」
神楽ちゃんがはしゃいで走り回る部屋の中は、薄暗くてオレンジ色の光がいくつも浮かんでいた。
明かりの正体は不格好なジャックオランタンだ。

「俺はなんも用意してねェから! 新八と神楽がやったんだからな!」

「率先して計画したのは銀さんなんですけどね」

彼が台所に消えてから新八君がこっそり耳打ちしてくれた。
緩みに緩んでいた涙腺が、あとほんの少しで爆発しそうだった。
そこに追い打ちをかけたのは、銀さんが持ってきた物。

「それ……」

「まァこれくらい銀さんにかかれば、ちょちょいのちょいですよ」

彼の手には、生クリームとジャックオランタン型のチョコが乗ったカボチャプリン。

「えっ、そこ泣くとこ? 普通喜んで抱きついてくるとこじゃねェの?!」

私のよりも遥かに豪華で丁寧に作られたそれは、きっとすごく美味しいに違いない。
だって彼がとびきりの気持ちを込めて作ってくれただろうから。

「……銀さんのより美味しくないだろうけど、私も作ってきたんだ」

紙袋から取り出して目の前に出せば彼の目が丸くなる。

「……んだよ、考えてる事一緒じゃねーか」

「そうだね」

銀さんは決まりが悪そうに空いている手で頭を掻く。

「……その美味そうなもんとこっちの、交換してくれるよな?」

もちろんと言って涙を零した私に、彼は尋常じゃないくらい慌てていた。



君が作ってくれたカボチャプリン