私は今、非常に腹を立てている。
恋人である銀さんは、こちらが心配して甘い物を控えていても勝手に食べているし
節約やらなんやらで苦労している事を知っているのに、ギャンブルをするし
一緒に出掛けても、美人さんやナイスバディの人を見つけるとニヤニヤしてるし
あまつさえか、ふらふらとどこかへ行ったと思うと、大怪我をして帰ってくるし。
いつもいつも私ばかりが嫉妬したり、不安になったりするのだ。

だからたまには、私と同じ気持ちを味わってもらおうと考えた。

けれど私は別に何かを控えろとも言われていないし、ギャンブルなんかもしない。
恥ずかしい事に銀さん以外の男性にも興味がない上に、大怪我をするような事に巻き込まれる心配もない。
きっと、無理をしたり嘘を吐いたとしても、鋭い銀さんには見抜かれてしまう。
どうしようもなくなって、結局思いついた案が一日彼を無視する事だった。


「新八君、神楽ちゃんおはよう」


いつものように万屋に行って出迎えてくれた二人に挨拶をする。
普段ならこのまま応接間兼リビングに行って、銀さんにも挨拶をするんだけれど。
そこに行って定春を撫でて、新八君を制して台所にお茶を淹れに行った。
新八君が心配そうな表情を浮かべて、台所にやって来る。


さん、どうしたんですか?」

「どうしたって?」

「その……銀さんと喧嘩でもしたんですか?」


挨拶だけじゃなく、おそらく私の態度からそう読み取ったんだろう。
にっこりと笑って「喧嘩はしてないけど、喧嘩上等って感じかな」と告げた。
「銀さんがまたなんかやらかしたんですか?」と不安そうに聞くので「不安や不満が積もりに積もっただけだよ」と言う。
四人分のお茶を淹れていると、のそのそと冬眠明けの熊みたいに銀さんがやって来て。


ちゃん? 家主に挨拶なしとはどういう事ですかー?」


まだ怒っていないのだろう、いつもの調子でそう聞いてくる銀さんに無表情で湯呑を渡す。
それから三人分のお茶をお盆に乗っけて、新八君と笑顔で談笑しながら応接間に戻る。

応接間で依頼の整理だとか、諸々をやっていても銀さんのことは無視。
分からないところは新八君や神楽ちゃんに聞いたり、自分で書類なんかを調べていた。
お昼時になって昼食は四人分作ったけれど、彼の前に出したのは新八君で。
いつもなら銀さんの隣に座るけれど、今日は神楽ちゃんの隣、新八君の前に座った。
新八君と神楽ちゃんは銀さんにも話を振るけれど、私はその輪には加わらない。笑顔も二人にしか向けなかった。

午後は溜まっていた洗濯物や掃除をして、夕食の買い物に神楽ちゃんと行った。
帰り道で神楽ちゃんが心配そうな顔で「銀ちゃんと喧嘩でもしたアルか?」と聞いてくれたけど、曖昧に笑っただけ。
公園で遊ぶ、と駆け出して行った彼女を見送ってから、万屋に戻った。

玄関を潜って、応接間に行けば明らかに不機嫌そうな顔で今週のジャンプを読んでいる銀さんがいた。
無表情のままの私をちらりと一瞥して、小さな声でぼそっと「……おかえり」と言ってくれる。
それに思わず頬が綻んで返事をしてしまいそうになるけれど、スーパーの袋の持ち手を強く握って我慢した。
そのまま台所に行って、夕飯の支度を始める。

夕飯ができあがる前に新八君が帰り、入れ違いに神楽ちゃんが戻ってきた。
二人がお風呂に入り終わった頃にちょうど夕飯が完成して、三人で囲んだ。
その間も私は神楽ちゃんの話を聞く事に徹して、終わればすぐさま後片付けをし始める。

ぼやぼやしている目を擦りながら、神楽ちゃんが押し入れに入っていくのを見届けてから、帰り支度をする。
玄関に立つと、後ろから裸足で廊下をぺたぺたと歩く音がして。


「送る」


いいとも悪いとも言わない私に、彼は大きなため息を吐いてからサンダルを履いた。

夜中の空気に、砂利道を歩く二人分の足音が響く。
音はそれだけで、会話もない。

我ながら意固地になり過ぎたかもしれない、と今更不安が襲ってくる。
でも、ここまで来てしまったらどう説明したらいいかも分からなくて。
無表情のまま数歩先の砂利を睨みながら、歩いていた。


「なァ」


あと少しで私の家、という所で彼が声を発した。
その声はなんだか弱々しくて、顔を上げられずにはいられなかった。

今日、初めて視線が絡み合う。


「俺、なんかした?」


後頭部に手をやりながら、窺うように私を見ている。
その瞳には悲しさや戸惑いはあっても、怒りは浮かんでいなくて。その事にホッとしている自分がいた。
それを感じ取ったのか、ゆっくりと銀さんが手を伸ばしてくる。
そっと、ガラスや宝物に触れるような繊細さで、私の頬を撫でて。その柔らかさに導かれるように、言葉が出てきて。


「……私ばっかり、嫉妬したり、不安になったりしてるみたいで。だから、銀さんも少しくらい困ってくれないかなって……」


それを聞くと、彼がその場にへたり込む。
膝の間に顔を埋め、その下から長く息を吐き出す音がした。


「……んだよ、それ」

「……ごめん」


膝に肘を乗せて、髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回している。
それから顔を上げて私を見上げた。


「今日一日、生きた心地がしなかったんだわ」

「え……」

「……に嫌われたのかと思った」


立ち上がって、私の腕を軽く引っ張りながら家までの残りの距離を進む。


「こりゃきついお仕置きが必要だな」








徹底的に無視をしてみる





Title by Lump「実験」