たまの休み、独り身の寂しい私は、言葉通り一人で甘味処を目指していた。
スタイル? ダイエット? そんな言葉で悩むのは、もうやめたのだ。
季節はなんたって食欲の秋、食べずに後悔するのなら、食べて後悔したい。
あのお店の季節限定物は、とびきりおいしい事を考えながら、お店に向かっていた。
あともう少しでお店に着くという時、か弱そうな女の子が、柄の悪いチンピラに絡まれていた。
道行く男性方は見知らぬフリ、せめて警察か何か呼ぶくらいしてもいいのに。
そう思っていたら、ついつい声をかけてしまった。
「ちょっと、そこの人」
「ああ?」
「お姉さん、困ってますよ!」
ずいっと、女の子とチンピラの間に割って入る。
突然現れた変な女に、チンピラはご機嫌斜めだ。
そりゃそうだろう、誰だってこんな変ちくりんより、可愛い女の子を相手にしていたいだろう。
「なんだよいきなり出て来て!」
「そうやって大きい声を出せば、怯えるとでも?」
眉間に皺を寄せて、精一杯の虚勢を張る。
その間に、女の子を逃がす。
「あ! 行っちまった……テメェ、何しやがる!」
「嫌がる女の子を手籠めにしようなんて、ふしだらです!」
「はあ?! なんなんだよお前は!」
カッとなったのか、腕を振り上げるチンピラ。
こういう時、格好よくサッと避けられたらいいのだけれど、生憎私は武術の心得なんぞない。
うーん、よくて痣かな? 最悪気絶して病院送り? なんて考えていたら
男の腕がぴたりと止まった。
「はいはーいそこまで」
「ああ?! 今度はなんなんだよ!」
「今度はお兄さんの登場でーす」
間抜けな声に、ちらりと見れば、ふわふわの銀色がそこにはあった。
死んだような魚の目って、こういう事を言うのかな、なんて失礼な事を思う。
どちらかと言えば端整な顔立ちの人が、そこにいた。
「いくらお目当の女の子に逃げられたからって、腹いせに女殴ろうなんざ、いただけねェよなァ?」
「なんっ……!」
「なァ?」
私にへらりと笑い掛けながらも、男が動けない程の力を込めているのは、容易に分かった。
「早く行きな」と言われて、やっと我に返った。
ドキドキ、と心臓が動き出す。
「あ、あ、ありがとうございますっ!」
「おーおー」
そう言って、私は軽く小走りで、その場を後にした。
甘味処に着くと、馴染みの店主が笑って出迎えてくれた。
「どうしたんだいちゃん、顔真っ赤だよ」
「おおおおおおじさん! 私、恋に落ちたかも!!」
「なんだいなんだい、まあまあ落ち着いて。限定の新作、食べるんだろ?」
「うん!」
ハアハアと息を切らしながら、端の席に座った。
出されたお茶をぐいっと一気に飲み干し、用意してくれていたであろう新作のパフェを運んでくるおじさんに、あわあわと話し出す。
「そこでね! 女の子が絡まれてたから割って入ったんだけど、殴られそうになっちゃって!」
「そりゃまた危ない事をするもんじゃあないよ」
「その話はまた今度! でね! こんな私を助けてくれた人がいたの!」
「ほうほう、そりゃまたいい人だねえ。どんな人だったんだい?」
あのね、と言いかけると、お店の扉が開く音がした。
店主のおじさんと私はそちらの方を向き、おじさんは「いらっしゃい」とのんびりした声を出す。
「おーっす、新作のパフェまだある?」
「おお、銀さん」
「この人!」
失礼構わず私はその人、銀さんと呼ばれた男の人を指さしてしまった。
まるで、おいしい物を食べるように、私は恋に落ちたのだ。
食欲の秋、恋の季節
Title by 瑠璃 「春夏秋冬の恋20題 秋の恋」