「ただ、銀だけが生きてくれてれば、私は幸せだよ」


最期の言葉がそれだなんて、お前はどこまでお人好しなんだろうな。
壊れかけた簪を見て、ふと思い出した。



何の気なしに、箪笥を開けて中を探っていた時に見つけた物。
それは、昔愛して、そして見殺しにしてしまった女の物で。
手に取った瞬間、あの頃の感情が蘇った。

まだ、天人と闘っていた時。
休息地として使っていた場所に、俺達より前に住み込んでいた奴。
それがだった。

はズカズカと上がりこんで来た俺達に、嫌な顔せず
「みすぼらしい所だけど、元は私の家だから気にせず使って」と。
それまでご無沙汰だった満面の笑みで、俺達の、俺の汚い手を取ってくれた。

闘い血を浴びて帰って来る俺達を、いつだって笑顔で迎えてくれた、おかしな奴。
いつの間にか円の中心にいて、常に笑ってた。
俺の記憶の中のは、笑顔と寝顔しかない。

桂や辰馬なんかとは、よく大笑いして話をしていた。
高杉も珍しく心を開いて、の前ではよく笑っていた気がする。
そんな中、俺だけいまいちに馴染めないでいて。
が悪い訳じゃない。ただ、俺が臆病なだけだったんだ。

こんな時に大切なものを見つけた日には、それが運の尽き。
きっと俺は最高に弱い奴に成り下がる。
そんな、くだらない事ばかり考えていた。


「銀、耳かきしてあげよっか?」


なのに、はそんな事お構いなしに、俺の胸ん中に入ってきては、そこに居座る。
その日も、そうやって首を傾げるから、俺はただ、おうとしか返せなかったんだ。


「早く戦争終わるといいね」

「……そうだな」

「そうしたら、皆本当に笑って暮らせるよね?」

「かもしれねェなァ」

「……戦争が終わっても、銀、傍にいてくれる?」


驚いて、片目だけでを見たら、真っ赤な顔をして、それでも笑いながらそう言っていた。
俺は、何も言えないままで。
もか細い声で「ごめんね」とだけ言った。
何にも言えないのが情けなくて。
次の日に、少しだけ遠出をして、に渡す簪を買った。
それは今、俺の手の中で壊れかけているこれをで。


「これ……」

「ん? 簪がどうかしたの?」

「やるよ」

「……どうして?」

「どうしてってオメー……昨日の耳かきの礼だよ」


そう言えば、刹那、が初めて涙を流した。
それは俺が見た彼女の唯一の、涙で。

何度も、何度もありがとう、と言いながら
ただ、必死に笑顔を作ろうとしていて。

その瞬間、一生こいつを守っていこうと思った。
けれど、の最期がそのすぐ後ろにいたなんて、思いもしなかった。


次の日の帰り道、突然背中に悪寒が走ったから、俺は他の三人を残して、ひとり急いで家に帰った。
そこにいたのは、もう息も絶え絶えなだった。


「おい! どうしたんだよ!」

「……っ銀?」

「おま……っ誰にやられたんだ!」


そう聞いても、濁った瞳は俺を見ていなくて。
口元から流れる一筋の血液が、ひどく朧気だったのしか覚えていない。


「簪、ありがとうね」

「ばっ、今言う事じゃねぇだろ!」

「あのさ」

「もう喋るな!」



「ただ、銀だけが生きてくれてれば、私は幸せだよ」



最期の最期まで笑って。
俺にそんな言葉だけを残して、は逝った。
それから、天人との闘いが終わって、俺達もバラバラになって。
簪だけがいつも俺の傍にあった。

思い出すのが辛くて。忘れられないのが苦しくて。
だからと言って、これを捨てたら全てが崩れる気がした。

今でも、たった一瞬で蘇る感情。
それは俺の中であいつがずっと笑っている、そんな証拠。





刹那の感情





Title by dream of butterfly「悲哀10のお題」