幽霊でもいいから、帰ってきてほしい人がいて。日々の中でふとした瞬間、神様にお願いなんてしていたりした。
無神論者だったけど、都合よく神様の存在をその時は信じていた。
帰ってきてくれるならなんでも、とは言えなかったけど、祈りだけは欠かさなかった。
それが、まさか心優しい神様に聞き入れられるとは、思ってもいなかった。


十月三一日、俗にいうハロウィンの日だ。
近藤さんに許可を取って、屯所のいたる所に大小様々なジャックランタンや、オレンジ色と黒で作ったわっかつづりを飾る。
すれ違う隊士のみんなにはお菓子を用意しておくように言っておいた。
数日前から壁に貼っておいた紙には、夜の宴会には仮装もなるべくするように書いてある。

食堂でわっかつづりを飾っていると、近藤さんが入ってきて。私を見つけると破顔して、近づいてきた。


、気合入ってるな!」

「はい! なんてったって一年に一回ですもん」

「夜が楽しみだなあ。どんな仮装すんだ?」

「それは宴会までの秘密です」


そうか、楽しみにしてるぞ。と、彼は食事を取りに行った。
飾りつけも終わり、大量のお菓子を用意するべく食堂を出た。
自室に戻って財布を握り、屯所を後にする。



***



両手に抱えきれない程のお菓子を買い込んで、なんとか屯所まで帰ってきた。
スーパーマーケットでもハロウィンフェアをしていて、可愛いお菓子が揃った。
まあ、男所帯だから見た目なんかよりも味や量なんだろうけど。

お菓子の隙間から、屯所の前に誰かが立っているのがかろうじて見えた。
距離があるので、それが誰か分からない。
少しずつ近づいていって、徐々に姿を認識する。

やさしい色をした短髪、眼鏡をかけた理知的な顔。
それが誰かを認識した瞬間、腕から全ての荷物が滑り落ちた。


「……先生?」

くん……久しぶりだね」


生前、見る事が叶わなかったような穏やかな笑顔と声色で、その人は私の名前を呼んだ。




時間は過ぎて夜、大広間ではハロウィンの宴会が開かれていた。


あの後、先生の腕を引っ張って近藤さんの所に連れて行った。
もちろん、途中ですれ違った隊士達も近藤さんもとても驚いていた。
そんな中、先生だけが終始穏やかに笑っていて。その姿に、こみ上げてくるものを我慢できなかった。
涙を零してしまった私の頭を撫でながら、先生は話してくれた。


「自分でもよく分からないんですが、どうやら今日限定でこの世に蘇ったみたいなんです」

「それはまた摩訶不思議な話だな……」

「お盆ではなくハロウィンなのが気になりますが……他に行く所もないので、今日一日ここに置いてもらってもいいでしょうか?」

「なに水臭い事言うんだ先生! ちょうどが企画してたハロウィンパーティーがあるんだ! 先生も参加してくれ!」


近藤さんがそう顔を綻ばせれば、伊東先生は頷いた。それがまた涙を余計に誘う事になったのだけれど。


狼男、ミイラ、ドラキュラ、フランケンシュタイン、お岩さん、のっぺらぼう。古今東西のお化けやら
アニメや映画の仮装をした隊士達はみんな顔を赤くして、はしゃいでいる。
私も土方さんの隣で、魔女の恰好をしてお酒を楽しんでいた。

最初、伊東先生の姿に全員が驚きを隠せないでいた。
けれど、近藤さんの鶴の一声でみんな彼を歓迎した。
今日一日、限られた時間をめいっぱい楽しんでもらおうと、一致団結する。

向かい側で、隊士にお酌をしてもらいながら、談笑している伊東先生がいる。
いつもの宴会と少し違うのは、伊東先生の周りに人が集まっている事。
みんなやっぱり、嬉しくて仕方がないのだ。


「土方さんは、行かなくていいんですか?」

「俺が行ってどうするんだよ」

「せっかく最後に繋がれたんですから、久しぶりの再会を共に喜ぶとか」

「柄じゃねえ」


そう言って、お猪口の中身を仰ぐ。空になったお猪口に、お酒を注いだ。
ふと伊東先生を見れば、こちらを見て微笑んでいた。土方さんはそれに気がついていない。
私も笑い返すと、また談笑の輪へと戻っていった。


「それよりお前、その格好どうしたんだ」

「魔女です。変ですか?」

「……変じゃねえけど、いや、なんつーか……」


口ごもって、結局その先は聞けずじまいだった。


宴会も終わりを迎えて、みんな酔い潰れてほとんどの隊士が雑魚寝をしている。
私は彼を探して辺りを見回すけれど、ここにはいなくて
立ち上がり、縁側に向かった。

庭に、空を見上げる伊東先生の姿があった。
そっと隣に立って、私も彼に倣う。


「いい夜だった」

「そう言ってもらえて、よかったです」

「でもその格好はいただけない。男性には刺激的過ぎる」

「ええー」


非難の声をあげる私を、柔らかい笑みで見下ろす。
そっと、頭を撫でられて。その指先がかすかに光って透けている事に気がついた。


「先生っ……」

「そろそろ時間みたいだ」


笑っているのに悲しい顔をして、先生はそう言う。
少しずつ光の泡になっていく先生に、私はなんて言えばいいか分からなくて、ただ唇を噛むだけ。
そんな私の耳元に近づいて、彼が囁いた。


「次は、お盆にでも帰ってくるから、待っててくれるか?」


必死に頷いて、握れない手を握ろうと伸ばした瞬間、泡が空へと昇っていた。


「ずっと待ってますから、絶対帰ってきてくださいね……!」










帰ってきたゴースト










Title by Fortune Fate「ハロウィン幻想5題」