俺達はただの友達。そう思っているのはちゃんだけで。
出逢った時から俺は彼女のことを、友達だなんて思えなかった。

天真爛漫、という言葉はちゃんのためにあるんじゃないかって思う程、明るい女性。
普段はそんな風にしか思えないのに、時々心臓が掻き乱されるような仕草をする。
たとえば流れる髪を耳にかけた時や、隣に座る俺を流し目で見る瞬間。
意図してやっているわけじゃなくて、ただそれがちゃんなのだ。
癒されるような笑い顔と、肌を露出させているわけでもないのに振り撒かれる色香にすっかり狂わされていた。

彼女の周りには、俺以外の男もいる。
中には俺と同じ気持ちを抱いている奴だって。
そもそもちゃんと出逢ったきっかけを作ってくれたのは堂島君で。そんな彼も彼女に惹かれているうちの一人だ。

俺は名古屋、ちゃんは東京。
会える回数なんて限られていて、きっと彼女の交友関係の中で重要性が一番低いのは俺だろう。
それでも必死にその細い糸が切れないように、なるべく連絡だってしているし
会えない時にも俺を思い出してくれるよう、努力している。


「今度そっちに行く用事ができたんだ。また色々案内してもらってもいい?」


そんな連絡がきたのは、つい先日の事だ。
もちろんふたつ返事で了承した。
名古屋にいる日程を聞いて、もともとあった予定を先延ばしにした程。
慣れ親しんだ土地なのに、わざわざガイドブックまで手に入れて。

多分、名古屋にだって俺の他にも知り合いはいただろう。女性の友達だっていた筈だ。
それでも俺を選んでくれた事がどうしようもなく心を躍らせた。

一緒にいる間、とことん楽しんでもらいたい。
あわよくば俺に対する気持ちが、少しでも変化してくれればと。



ちゃんが名古屋に来る前日、緊張と不安と喜びと期待でほとんど寝られなかった。
まるで遠足前日に眠れない子どもみたいだと、思わず自嘲してしまった。
普段は寝坊ばかりするくせに、セットした目覚ましより一時間近くも早く瞼を開ける。
俺の部屋に寄る事もあるかもしれないと、できる限りの掃除もして。
着替えてぼさぼさの髪を整えて、まとめたゴミを持って部屋を出る。

新幹線が止まる駅で待ち合わせていた。
改札の前でそわそわと待っている俺は、傍から見れば不審な奴だっただろう。
そんな事すら気にならない程、ちゃんが来る事を待ち侘びていた。

天井からぶら下がっている時計が、教えてもらっていた時間を示す。
それから少しして携帯電話が震えた。彼女からの連絡で今ホームに降りた、というものだった。
どこの改札にいるかを返信して、近くにあったガラスに自分を映して何度もいじった髪に再度触れる。

何人もの人がエスカレーターで下りてくる。
その中でも一際輝いて見えるのがちゃんだ。
キャリーケースをひっぱりながら「品田さん!」と改札を抜けてきた。


「久しぶり! 元気だった?」

「うん! ちゃんは?」

「変わらずだよ」


子どもみたいな笑顔が胸元辺りから俺を見上げている。
その表情につられて、そして久しぶりに会えた事にさっきから頬が緩みっぱなしだ。


「嬉しい事でもあった?」

「なんで?」

「だってさっきからすごいニコニコしてるから」


気づかれていた事にしどろもどろになってしまった俺を、不思議そうな顔で見ている。
「うんまあ、ちょっとね」と適当にごまかして、駅を後にした。

前回ここに来た時に案内したのは、ほとんどが有名な所ばかりだった。
今回は逆に穴場的なスポットを探して、連れて行く事にしている。

到着したのはお昼前だったので、まず軽く腹ごしらえをして。
地元の人間にですらあまり知られていないけれど、とびきりおいしいと評判のあんかけスパの店に行った。
何度も、おいしい! と言っているちゃんを見ながら食べた同じそれは、ほとんど味が分からなかった。

それから色んな所を見て回った。どの場所に行っても目を輝かせて楽しんでくれているようで。
時々ガイドブックやネットで調べた情報なんかを話せば、真剣な表情で聞いてくれていた。

空が真っ暗になり夕飯も済ませて、彼女の泊まるホテルまでやって来た。
途中でキャリーケースは俺がガラガラと運んだ。
ホテルは簡素なものでも豪華過ぎるものでもなく、いかにもちゃんが好んで選びそうな所で。
入口の前、他の人の邪魔にならない所。


「今日は本当にありがと。すごく楽しかったよ」

「楽しんでもらえてよかった!」

「また明日もよろしくね」


はしゃいだり大分歩いたせいか、彼女はすでにぼんやりとした瞳になっている。
その目にまた心臓が忙しくなるけど、気づかれないようにただ笑っていた。


「そうだ、荷物返すよ」

「あ、そうだった。ずっと持っててくれてありがとう」


後ろに置いておいたそれを前に持ってきて、持ち手をちゃんに渡そうとしたその瞬間だった。
俺よりもはるかに細い指先が、己のそれに触れて。眠たいせいか少し高めの温もりが伝わってくる。
一瞬で離れて、受け取った彼女はホテルの入口に向かっていく。
入る寸前に振り返り、ふにゃりと笑って「また明日ね」と手を振ってくれた。
チェックインを済ませてエレベーターに向かうまで、ずっと小さな背中を見つめていた。

指先がほんの少し触れただけなのに、鼓動がとんでもない速さでリズムを刻んでいる。
ルポを書くため、色んな女性とそういう事をそれなりにしてきているのに。
あまりにも些細な事で血液を巡らせている自分が、なんだか妙におかしかった。





不意に軽くだけ触れた、その指先から





俺の想いが伝わったら、ちゃんの気持ちを分かる事ができたら。
かすかに残る温もりを忘れないよう、唇に触れさせた。



Title by GODLESS「本当は大切だった君30題+α」より抜粋